NPO法人ブリッジ・フォー・ピース(BFP)の公式blogです。
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「語り継ぐ父の沖縄戦」を岡崎市で開催しました!
先週の土曜日、愛知県岡崎市の Global Studies Cafe にて「語り継ぐ父の沖縄戦」を開催しました。

沖縄戦を体験した日比野勝廣さん(1923〜2009)を父親にもつ、中村桂子さんをお迎えしてお話を伺いました。


「僕だけ生き残って悪かった」
生前そう語っていらしたという日比野さんの体験は、想像を超えるものでした。耳を塞ぎたくなるようなお話で、胸が苦しくなりましたが、だからこそ、せめて毎年6月にはしっかりと沖縄戦に想いを寄せねばという気持ちを新たにしました。

「どうしてあんなに人を殺したんだろう」
「毎日が命日」
「生きることが苦しい」...

戦後、抱えていらしたというこれらの苦しみ。



参加者の皆様と、しっかり受け止めました。

今回は翌日から沖縄旅行へ行くというお母さんが、お子さん連れで参加してくださいました。他にも、孫として戦争を体験したおじい様と寝ていた際、戦争による心の傷でうなされるのを間近で見ていた経験のある方もいました。


多様な世代が参加し、それぞれの経験や想いも共有することで、BFPらしい良い集まりになったと感じました。

中村桂子さん、ご参加くださった皆様、誠にありがとうございました。来年6月も、必ず沖縄戦関連イベントを開催します。

今回参加出来なかった皆様も、ぜひご参加ください。
| イベントのお知らせ&レポート | 21:48 | comments(0) | - | pookmark |
フェリス女学院高校での講演会
昨日はフェリス女学院高校での講演会でした。



社会科講演会という事で、高校1年生から3年生までの500名に加え、保護者の方々10数名も集まってくださいました。 大学生会員の上田汐さんが同行してくれ、とても心強かったです。


<彼女の感想です>


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とても貴重な機会となりました。私の周りに戦争そのものに関心のある人はほとんどおらず、普段の生活の中で友達とそういった話をする機会もありません。しかし、私たちのような世代こそがこれからグローバル社会の中で生きていく上で戦争について学び、しっかり向き合っていかなければならないことだと思っています。今回、代表である直子さんの講演をはじめ、とても意欲的で関心を強く持っているフェリス女学院の生徒さん達から、私自身が多くの学びを得ることができました。ありがとうございました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
さらに心強い事に、30分の質疑応答時間が足りないほどたくさん手があがりました。

終了後に控え室にいたら、ノックしてくれた学生が数名いて、質問が続いたほどでした。しかも、質問のレベルが高い!

感性の良い生徒さん達との時間は、未来への希望を感じます。
「日本人なんか見たくなかった」 大学生の時に、夫を日本兵に連行された女性からそう詰め寄られたことがきっかけで始めたBFP。


今年で15周年です。

新元号となり、益々戦争が遠く感じられる時代に入ってきたのではないでしょうか。だからこそ、私たちは伝え続けてゆきます。
| イベントのお知らせ&レポート | 13:15 | comments(0) | - | pookmark |
5/19(日)13:30〜「日本人として戦争に動員されて」元BC級戦犯、李鶴来(イ・ハンネ)さんの闘い

2019年 第2回目

【BFP 東京ワークショップ】を開きます。

 

李鶴来(イ・ハンネ)さん(1925年生まれ、93才)は日本の植民地だった朝鮮で、

日本人として育ち、17歳で日本軍捕虜監視員として、タイービルマの泰緬鉄道へ

動員されました。

戦後は捕虜虐待の罪でBC級戦犯として死刑判決を受けました (後に減刑)。

しかしサンフランシスコ講和条約で日本人ではなくなったとされ、

日本政府からは一言の謝罪も補償もありません。

1991年に東京地裁に提訴、裁判を闘い続けてきました。

日本が朝鮮や台湾を植民地として統治したことを知らない世代も多い現在ですが、

李さんのビデオメッセージを受けとめ、ご一緒に考える機会にしたいと 思います。

ご参加お待ちしています。

 

日 時: 5月19日(日)13:30〜16:30

ビデオ: 『戦後補償に潜む不条理:韓国人BC級戦犯の闘い』      

     (法政大学・鈴木靖ゼミ制作 / 2017年 / 27分)

話題提供者: 伊吹由歌子さん

会 場: アカデミー湯島(文京区湯島2-28-14)     

    (地図)https://www.b-academy.jp/access/index.html

アクセス: 千代田線湯島駅(出口3)から徒歩7分       

      丸ノ内線・都営大江戸線本郷三丁目駅から徒歩10分

参加費: 学生500円、一般1000円

申し込み先:http://bridgeforpeace.jp/primary/20190519/

 

| BFP日々の出来事 | 17:33 | comments(0) | - | pookmark |
3/24 娘が語り継ぐ”父の沖縄戦” 〜腹話術で語る戦場の苦しみと心の傷

3月24日(日)の午後、東京ウィメンズプラザで2018年度最後の

BFP東京ワークショップを開催しました。

藤沢から柳川たづ江さんに来ていただき、腹話術のふくちゃんとのトーク、

映像やパワーポイントを使って、 柳川さんの父、日比野勝廣さんの沖縄での壮絶な

戦場体験と戦後長いこと苦しみ続けてきた姿を、家族の目、娘の視線から話して

いただきました。

 

柳川たづ江さんとふくちゃん              

 

愛知県出身の日比野勝廣さんは1923年(大正12年)生まれ、

19才で志願兵として軍隊へ。

20才で中国、石家荘へ、1944年8月に対馬丸で沖縄へ。瀕死の重傷を負い、

糸数アブチラガマに置き去りにされ、奇跡的に生き延びました。

「戦争の怖さは戦場体験だけでなく、戦後PTSD(心的外傷後ストレス障害)

と晩発性PTSDに苦しんだ。体験が体(五感)の奥深く記憶に残りうずき、死ぬまで

戦争から解放されない」ことだと柳川さんはいいます。

勝廣さんの苦しみを見つめ続けた妻の宣子さんは短歌を詠みつつ寄り添い、

4人姉妹(たづ江さんは四女)ともに、反発したり困惑しながらも、

父の加害体験を含めて伝え続ける活動をしていることに、共感を覚えつつ、

なかなかできることではない・・・と感じ入りました。

 

明治学院大生2人と来日中の台湾のジャーナリストも参加

 

【参加者からの感想】

*腹話術という話し方は初めてだったので、とても新鮮でしたが、戦争の重い話を、

 戦争を知らない世代でもわかりやすく対話型で話してくださることで、自分の問題

 として考えながら聞くことができました。「軍隊に入ることは、人を殺せる人間に

 ならなくてはいけない」ということや「戦争の苦しみは現在進行形で進んでいる」

 ということを、帰ってからゼミの仲間にも話をしようと思います。(鈴木雅恵さん)

 

*新しい形(戦後世代、腹話術)で戦争体験談を聞けて良かったです。日比野さんは

 ある意味、一生、戦争体験にとらわれてしまったのかなと思いました。

 戦争体験という体験や思い出は一生影を引くことの恐ろしさを知りました。

 (宗夏希さん)

 

*6/23が沖縄にとって慰霊の日であること、戦後のPTSD等、知らないことが

 多かったです。事実を知ることは大切と思いました。(栗田由起子さん)

 

*娘が語ることが、ものすごく重要。(明治学院大、高原先生)

 

遠くから来ていただいた柳川さん、

ご参加くださった皆様、ありがとうございました! 

 

 

日比野さんの著書(税込1500円)

                    

(まとめ: 斉藤由美子)

 

| BFP日々の出来事 | 15:30 | comments(0) | - | pookmark |
2019年2月のフィリピン・ツアー

1945年2月、フィリピン・ルソン島では様々な悲劇が起きました。

 

2月3日から一ヶ月、首都のマニラでは日本軍と連合軍によるマニラ市街戦が起き、一般市民10万人がその巻き添えになって死亡したと言われています。また、ルソン島南部のバタンガス州ではゲリラ容疑で疑われた主に男性らが、日本兵によって惨殺される事件が多数起きています。 だからこそ、2月はフィリピンに想いを馳せ、慰霊祭などに出席させて頂くようにしてきました。

私自身の渡航が叶わないときでも、理事またはBFP会員の誰かしらが手を挙げてくださり、関係性を繋いできました。 そして数年前くらいから、フィリピンの方々が私たちを紹介するとき 「【毎年フィリピンに来てくれている】ブリッジ・フォー・ピースの人たちです」と枕詞をつけてくださるようにようやくなりました。やっと活動を認めていただけた、と嬉しく思っています。

 

今年も代表である私自身は、別法人の仕事で多忙となってしまい、どうにも渡航が叶いそうにありませんでした。しかし、メーリングリストで呼びかけたところ複数の方々が手をあげてくださいました。中には、

「どうしても誰も行けずに難しい状況にあったら、声をかけてください」

と心強いメールをくださった働き盛りの世代の方もいます。結果的にその方を頼らずにすみましたが、そういう声をかけて頂けるだけでも心持ちが全く違います。まさに、BFPは会員や支援者の皆様に支えていただいて、ここまで歩むことができました。


最終的に、長年にわたってBFPを支え続けてくださっている会員の伊吹由歌子さん、そして昨年フィリピン渡航をご一緒してくださった刀川和也さんが渡比を決断してくださり、さらには理事である一橋大学の中野聡先生がメモラーレマニラの式典でのスピーチも快くお引き受けくださいました。


また、現地ではNPOサルボンの今泉光司さんも合流してくださり、様子を撮影してくださいました。 その映像がこちらです。中野先生のスピーチは、参列されていた多くの方々の心を打つものだったと聞いています。ぜひご覧ください。


当初、式典への参列だけでもお願いできたらと思っていましたが、ルソン島南部のリパまで皆さんで足を運んでくださると聞き、とても嬉しく思いました。83才になられたアレックス・マラリットさん(お父様を目の前で日本兵に連行され、殺害された遺族)の容体が気にかかっていましたし、事件の慰霊碑建立のその後の計画が気がかりだった為です。

 

親戚が集まる日だったにも拘らず、アレックスさんが皆さんを歓待してくださったこと、そして慰霊碑建立のその後についても少しだけ進展がある旨を帰国した皆さんからお聞きしました。

具体的には、フィリピン政府によるパンガオ高校設立計画が進む中、建設用地購入の費用としてBFPがアレックスに託した寄付金を借用する方向でもともと話が動いていました。現在の計画では、建設後、高校敷地内に慰霊碑を設置するというものです。現在、土地の交渉が進んでそうです。 今回、慰霊碑構想に関する説明書類を持ち帰ってくださいました。内容をよく読んで署名させて頂き、いよいよこれでBFPで集めた寄付金が現地に手渡されることになりそうです。ずっと気を揉んでいたアレックスさんも、これでホッとされるかなと思っています。

もちろん、今後も一筋縄ではいかないことは想定していますが、少なくとも足を運んでくださった皆様のお陰でまた一歩前進できましたこと、心から感謝しております。アレックスさんにも先ほどお電話したところ、BFPの皆様が足を運んでくださったことをとても喜んでおられました。


3日前の3月10日(日)には、Philippine Daily Inquirer に私が出てるとフィリピン人の友人から連絡があってびっくり。昨年、式典に出席させて頂いた写真と共にコメントなどが掲載されているとのことでした。ささやかな小さな活動しか出来ていませんが、少しでもフィリピンの方々の心に届くものがあれば、これほどありがたく、嬉しいことはありません。

活動を始めた当初、恩師の関田寛雄先生から言われました。

「戦争で受けた傷は、ちょっとのことで癒えることはない。例え一人でも、心を動かすが出来たらそれはすごいこと」
その言葉を受けて、心してはじめたこの活動は、今年で15周年を迎えます。
| フィリピン訪問レポート | 13:29 | comments(0) | - | pookmark |
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