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3月25日(日)BFPワークショップ 『こるはの独唱』上映とトーク
3月25日(日)の午後、専修大学神田キャンパスで
BFPワークショップ『こるはの独唱』上映とトーク
〜フィリピン・ルソン島で自決した音楽学徒・村野弘二をめぐって〜
が開催されました。



当日はスタッフも含めて20人近い人が参加してくださいました。
いつもとは一味違うオペラや映画関連の方々の参加もありました。

TBS News 23の『千の証言』をはじめ、村野弘二さんの姪である中林敦子さん、そして
自らにとっては「実感できない戦争」をめぐっての映画を制作したという吉岡雅樹監督
のトークに聴き入りました。



フィリピンの風景の中に立つ中林さんの表情が深く心を打った『千の証言』、
対照的な表現と音の積み重ねで作られた吉岡監督の『こるはの独唱』が相まって、
刺激的ですばらしい時間になりました。



BFP代表の神さんも岡崎市から駆けつけてくれて、2月のフィリピンツアーでフィリピン
の人たちから「毎年来てくれてありがとう」と言われたことに触れ、「忘れていな
い」というメッセージが大事ではないかと話しました。

以下参加者からの感想を共有します。

■上映後のトークで戦争についての意見が聞けて良かったです。
■映画を観ることもお話しを聞かせて頂く事も、とてもいろんな
 ことを考えさせて頂くことができました。ありがとうございました。
■テレビ放映されたもの、別途作成された映画、トークと様々な手段を駆使した
 企画で、いろいろ努力されたと思います。道案内なども、よく考えられていました。

【栗田由起子さんから】
以前より戦時中の音楽家や生徒がどのようにその時代を経験したのか
関心があり参加しました。
言葉少なく、淡々とした映像は、今と昔を冷静に見つめることを語りかけている
ようでした。時折、都会の映像が出てくる場面では、戦後の日本はずっと経済成長
を追い求めてきて、それで本当に良かったのかと考えさせられました。
演奏を聴いて村野さんがオペラを作曲したのは、想像以上の覚悟があって
作曲されたのではないかと感じました。
命である音楽から離れなければならないことは本当に苦しかったと思います。
また、こるはの独唱の歌詞は、自身の想いと重ねていたのではないかと思いました。
今まで音楽学徒の話は聞いたことがなかったので、映画を通じて知ることで大変学
びになりました。私自身、音楽との向き合い方を考えるきっかけにもなりました。
ありがとうございました。

【金子聖奈さんから】
「忘れていない」という気持ちに関して、
今フィリピンにいて痛烈に感じるのは、記憶の風化は日本人だけではなくて
フィリピン人にとっても現在進行形で起こっているということです。

その韓国人や中国人との関わりや、今まで交流のあったフィリピン人との
交流を通して「忘れていない」上で、フィリピンを始めとしたアジア諸国と
新しい関係性を構築することができれば素敵だなと考えました。

【伊吹由歌子さんから】
お若い吉岡監督と、村野さんの姪ごさんである中林さんの組まれたドキュメンタリー「こるはの独唱」。
とても新鮮斬新な感性で、刺激的でした。まったく戦争を知らない世代。
日本がした、そしていま尚 残された問題山積という実感で生きている私などの世代。
どうしたら、共有、共感できるのだろう。改めて、考えざるを得ません。

上映後の参加者のトークがとても良かったという声もききました。
長谷川さんには、今回も大変お世話になり、ありがとうございました。
(斉藤由美子)
| BFP日々の出来事 | 17:12 | comments(0) | - | pookmark |
2018年度、会員募集中です!
この季節になると、毎年欠かさずにBFPへ支援金を振り込んでくださる方がいます。しかも何人も。昨日ご入金くださった方は応援してくださって10年近くになります。

私自身、何かの活動に心を動かされて一時的に支援させて頂くことはあっても、そこまで継続したことがないかもしれません。皆様のお気持ちを本当にありがたく思っています。

間も無く新年度を迎えるにあたり、BFPでは会員募集も行っています。2010年の法人化以降ずっと継続してくださっている会員さんの多いことに改めて襟を正す思いです。

ただいま新会員募集中です。 関心のある方は、どのような会員の種類があるかだけでも、以下をご覧頂けたら嬉しいです。

「過去の戦争を知り、未来のかたちを考えるきっかけをつくる」というミッションを胸に、2018年度も変わらずに継続していきます! http://bridgeforpeace.jp/support/forsupporters/
| BFP日々の出来事 | 16:56 | comments(0) | - | pookmark |
9月19日帝京大学小学校アフタースクールでのワークショップ

こんにちは、学生実行委員の金子聖奈です。大学3年生の秋ということで就職活動に追われております、、、。

 

 

ご報告が大変遅くなってしまいましたが、9月19日(火)に、帝京大学アフタースクールにお邪魔して開催したワークショップのご報告をさせていただきます!(毎回毎回遅くて本当に申し訳ありません!)

 

私からは、すでに会員の皆様には当日の流れや構成内容をメーリングリストにてご報告していますが、こちらでは私の個人的な思いを中心に書かせていただこうと思います。

 

当日は、小学1〜3年生の12人が参加してくれました。

小学生に対してワークショップをするのは自分自身初めてで、ビデオメッセージを見せてもどれくらい理解してくれるだろうか?と、とても緊張していましたが、最初に小学生向けにアイスブレイク用のクイズを作り直して事前説明をしっかり行い、ビデオも途中で止めて解説を加えながら放映したところ、戦争は2度と繰り返してはいけない、という基本的なメッセージは届いたかなと実感しております。

 

最初に「今日は戦争のお話をします。いのちに関わるとても大切なお話です。」といった説明を、帝京大学小学校の担当の方が3分ほど丁寧にしてくださり、生徒たちの意識を集中させてくださいました。

 

また、最初に戦争に関するイメージを投げかけて質問し、ざっくばらんに言ってもらいました。すると、「家が焼ける」「家に爆弾が降ってくる」など、内地での戦争に関するイメージが強く、いっぽうで「兵士」「兵隊」といった言葉は出てこず、前線に関する発言はほとんど無かったことが印象的でした。

やはり戦争の語られ方にはある種、内地・銃後での戦争が中心であることを認識させられました。

 

 

また、BFPのワークショップではお馴染みのビデオ・メッセージの放映を行いました。以前、他小学校でのワークショップを行なった岡本まどかさんから、「ビデオの内容は難しすぎて生徒たちが集中してみることができなかった」というご助言をいただいていたので、どうしようか迷っていました。でもやはりフィリピンの方々、元兵士の方々の証言を見て聞いて感じてほしかったので、証言者1人ごとにビデオを停止して、かみ砕いて説明しました。時間の関係ですべて見せられませんでしたが、しっかりと受け取ってくれたと思っています。

 

最後の質疑応答では、小学校低学年ながらにとても鋭い質問がたくさん飛んできて、私も動揺するほどでした。

 

「戦争とテロはなにが違うの?」小学1年生

「フィリピンと日本は仲良しなの?」〃

「アメリカと日本は仲良しなの?」 〃

「(前線の説明をした絵を見て)銃に剣を付けた武器を使っているの?」小学2年生

「今も戦争は起きているの?」小学3年生

「アメリカとロシアは戦争をしたの?」小学3年生

 

などなど。質問を受けることで、根本に立ち返り、初心に返るような思いがしました。

 

50分の授業終了後、なかには「私のおばあちゃんがね、空襲でね、〜」と話に来てくれる子がいたり、「涙が出ちゃった」と言いにくる子がいたりと、積極的な姿勢でしっかりと理解して、受け止めてくれていると実感できました。

そして、子供たちに伝えることの重大さを改めて思い知りました。

 

帝京大学小学校でアフタースクールを企画・運営されている「帝翔塾」さんのほうでも、当日の様子をブログにアップして下さったので、そちらも併せてご覧ください。写真もそちらでご覧いただけます!

http://www.teikyo-sho.ed.jp/asblog/3930/

 

参加してくれた生徒のみなさん、「帝翔塾」の皆様、貴重な学びをさせていただきありがとうございました。

| BFP日々の出来事 | 02:16 | comments(0) | - | pookmark |
「平和のふるさと」岡崎めぐりを開催しました!
この度、愛知県岡崎市を会員の皆さまにご案内すべく、「平和のふるさと」岡崎めぐりを開催しました!3名の方々が参加してくださり、たっぷりと岡崎の魅力を感じて頂けたのではないかなと思います。^^


まず、読者の皆様もなぜ「平和のふるさと」なの?
と疑問に感じておられることと思います。

意外と知られていないのですが、愛知県岡崎市は、平和な江戸時代を築いた徳川家康公の生誕地なのです!

他にも大きな理由が二つあります。

1.平和な未来づくりを決意したお寺があります!
桶狭間の戦いで今川軍が敗れ、武将として参戦していた家康は、故郷・岡崎の大樹寺にある祖先の墓の前で自害をしようとしました。その時、住職が「厭離穢土 欣求浄土(おんりえど ごんぐじょうど)」と説き、家康は切腹を思いとどまったのです。この言葉は、戦国の世でけがれた土地を厭って離れ、浄土を求めることを示すものでした。生涯この言葉を家康は旗印としたと言われています。家康が自害をしてしまっていれば、日本はまた別の方向に歩み始めていたかも。日本の歴史が変わった地とも言えるかもしれません。


2.朝鮮通信使を幕府の要人が出迎えたのが、岡崎なのです!
豊富秀吉の朝鮮出兵によって、朝鮮半島と当時の日本の関係は決してよいものではありませんでした。外交を任された徳川家康が取り組んだのは、朝鮮通信使を日本に招くこと。江戸時代を通して全12回も朝鮮半島から数百人単位で日本にお迎えしました。このことがきっかけとなり、再び交流が生まれ、両国の関係は改善されていったと言われています。彼らを幕府の要人がお出迎えしたのが、岡崎です。当時「ご馳走屋敷」と呼ばれる迎賓館があり、手厚くおもてなしをしたそうです。


これらのレクチャー後、八丁味噌蔵巡りや、ぶどう狩りなどをお楽しみいただきました。


皆さん、10年以上BFPを支えてくださった方々ばかり。日頃の感謝をお伝えする機会になればと思ってお迎えしました。皆さん、お忙しい中、わざわざお越し下さり本当にありがとうございました!

| BFP日々の出来事 | 13:10 | comments(0) | - | pookmark |
伊勢市空襲展で平和講演会
今日は、平和講演会の講師として三重県伊勢市に行って来ました。なんと、来年で40回目となる空襲展を毎年欠かさず開催してきたとのこと。

講演会の他に、展示、紙芝居、映画な様々な企画が2日間にわたって実施されていました。


映像を交えてBFPのお話をしたところ、「とても大切な取り組み」と評価して頂くことが出来ました。


主催者も戦後世代ばかり。これから、それが当たり前の時代に入っていきますが、その取り組みにとても希望を感じました。

BFPの拠点がある愛知県岡崎市も7月20日未明に空襲を受け、280名もの方々亡くなっています。

何ができるかを、しっかりと考えていきたいと思いました。主催者の皆様、ご参加くださった皆様、ありがとうございました。
| BFP日々の出来事 | 17:30 | comments(0) | - | pookmark |
現代版・朝鮮通信使プログラム、無事に終了!
昨年「パクス・トクガワーナって、なに?!」という徳川家康公の功績に学ぶイベントを、愛知県岡崎市で開催しました。その際招待した先生から、
「来年はぜひ学生を連れて来たい!」と提案があり、今年実現しました!

8月7日に来日し、5泊6日の行程を経て昨日無事に帰国しました。

「平和のふるさと・岡崎」を実感して頂くべく、まずはレクチャーと岡崎城、大樹寺訪問。


その後は岡崎をより深く知ってもらう為に特産であるお茶摘み、花火体験。浴衣や華道体験も日本を感じてもらう素晴らしい機会になりました。





その後は2日間のホームステイ!
学生からは不安がる声が多々聞かれましたが、「家族最高!」「ホームステイ体験が一番良かった!」という声があがったほど。やはり、臆せずに交流することが大切だと実感しています。

さらに、学生同士の交流が素晴らしかった!口々に「会う前は正直偏見を持ってたけど、共通点もいっぱいあって印象が変わった!」と喜ぶ声が多々聞かれました。

BFPが目指す国際交流の重要性を再確認することができました。
| BFP日々の出来事 | 17:10 | comments(0) | - | pookmark |
神戸の中学校で授業を担当させて頂きました!
6年前から継続してご依頼くださっている、神戸の学校に今年も呼んで頂きました。毎回、感性の良い学生さん達との時間となり、楽しみな時間です。


今年も中学2年生のクラスを、全4コマ担当させて頂きました。


ビデオメッセージを見てもらった後、ディスカッションです。日頃から様々な国際問題に積極的に取り組んでいる学校ということもあり、意見交換も活発です。




もし今が戦時中だったら、少年兵として赴く生徒さんがいるかもしれない、という年齢の彼ら。少しでも感じ取り、心に残るものがあればと、戦争体験者の方々の思いをお届けしました。

「過去の戦争を知り、未来の形を考えるきっかけ」になれば幸いです。生徒の皆さん、N先生をはじめとする関係者の皆様、本当にありがとうございました。
| BFP日々の出来事 | 14:23 | comments(0) | - | pookmark |
国際会議に出席しました!
韓国・高麗大学で開催された歴史NGOフォーラムにBFPが招待され、代表の神直子と理事の浅川和也が出席しました。


さまざまなプログラムが同時開催されましたが、「対話」のワークショップでBFPの紹介をしたところ、ペアになった韓国人大学教授が涙を浮かべる場面も。


まさに「対話」の重要性を実感しました。

他にも、今後の会議の方向性について議論がなされ、これまでは過去の出来事に関する研究や議論が多かったけれど、未来志向で共通の夢ー「平和」に向かって具体的な歩みを進めていこうと前向きな話がなされました。


これまでも様々な会議にBFPは出席していますが、今後も連携を深めながら、日本でできることをやっていきたいと改めて実感しています。
| BFP日々の出来事 | 12:42 | comments(0) | - | pookmark |
三宅信雄さんの取材報告 (広島で被爆、当時16歳)
2017年6月18日、斉藤由美子さんと、16歳の時に広島市で被爆された三宅信雄さん(88歳)のご自宅を訪問し、取材をさせていただいた。

三宅さんは、爆心から1.8キロメートルの市電の中で被爆した。幸いご家族も全員無事でしたが、広島の高校を卒業するとすぐに東京に引っ越した。「広島から逃げる生活だった。」と三宅さんは語る。原爆という強大な暴力によって、故郷に地獄を見るという経験はどんなものだったのだろう。そして、故郷から逃れたい、忘れてしまいたいという、気持ちはどんなものだったのだろうと想像すると、本当に胸が苦しくなった。




 三宅さんは、原爆投下直後に見た生々しい光景を、身振り手振りを交えながら語ってくださった。
 火の手から逃れるように、うめきながら皆が川を目指した。それは地獄だった。腕を胴にくっつけると痛いから、二の腕を胴から離し、肘から下は前面に出す。それこそ幽霊のように。
 当時のことを話す三宅さんの表情は、厳しく、そして悲しかった。
わたしはこのときの三宅さんの表情と、この光景が頭にこびりついて、取材を終えて2週間経た今も忘れられない。



三宅さんが乗っていた電車
(混んでいて一番後ろに乗っていて飛び降りたので、助かった)

 三宅さんはさらに、被爆体験を敗戦後すぐには語ることができなかったという。GHQによって、原爆について語られることが強く取り締まられたからでもあるが、自分が「被爆者」だと言うことで、差別的な視線を向けられることを恐れたから、ということも理由のひとつであった。自分の体内で何が起こっているのか知りたくても、当時は国民皆保険ではなかったので、医者にも行けなかった。

 わたしは、「同じ日本人でありながら被爆した人々に差別的な目を向ける人を恨む気持ちにはならなかったのか」と聞いた。すると、「彼らを責めるわけにはいかない。彼らにもそういう気持ちになる事情があったのだ。逃げるより仕方がない。」と、静かに答えてくださった。



三宅さんは、現代社会を「監視社会になりつつある」と危惧していた。そして、世論がいまだにそういった社会に対して危機感を持っていない人の方が多いと指摘する。私たち若い世代に対しては、就職や、恋愛などの自分の人生のことだけで頭がいっぱいになってしまうのではなく、もっと広い視野を持って、「自分はどんな社会に生きているのか」「権力にだまされてはいないか」など目先のこと以外のことも考えて欲しい、と仰っていた。

 例えば、共謀罪が可決されるなど、時勢はどんどん怪しくなっている。治安維持法が制定された当初からすぐに「悪法」であって、大勢の人を検挙していたわけではなく、徐々に拡大して「悪法」になったのと同じように、今回の共謀罪も思想的な縛りを拡大していく恐れがある。それはすぐに猛威をふるうのではなく、私たちの世代の子どもや孫の時代に、戦前のような空気を作り出してしまうかもしれない。そんなふうに未来のことも考えることで、戦争のない世界をつくることの小さな一歩になるのかもしれない。

 三宅さんのお話を聞いて、私たちの目先のことばかりではなく、何十年後の未来まで考えていこう、それを続けていこう、そしてそれを同年代と活発に語り合えるような社会にしよう、と強く思った。

 三宅さんのお話は、原爆投下直後の生々しさ、凄惨さには心が震え、その晩はずっとそのことを考えて眠れなかった。しかし、アメリカでは原爆投下に対して肯定的である人が50%以上いる。アメリカと日本では、原爆投下に対する見解はまだまだ隔たりが大きい。しかし、まさにその原爆投下に対する見解、さらには戦争の記憶が重ね合わされ、「立体的に捉えられる」ものになればと、心から願ってやまない。

三宅さん、貴重なお話を語ってくださり、本当にありがとうございました。
(金子聖奈)

★★三宅さんは東京の被爆者団体「東友会」の事務局長をされたこともあり、2015年にはピースボートの「おりづるプロジェクト」で世界の各地を回ってで証言を続けてこられました。
以下のサイトでその様子が見られます。
記録ドキュメンタリー映像 "I Was Her Age"「過去と今の対話」(ピースボート)
https://vimeo.com/137809836



| BFP日々の出来事 | 23:38 | comments(0) | - | pookmark |
5/21(日)沖縄ツアーと取材報告ワークショップ
東京では今年度初めてのワークショップが専修大学の神田キャンパスで
開催されました。
2012 年から個人で沖縄の戦跡を回り、翌年には初めてBFP沖縄ツアーを企画、
更に2015年からは何度も沖縄に通い、沖縄戦体験者の聞き取りを続けている
山地和文さんにお話しいただきました。

まずはBFP恒例のアイスブレーキングで、知っているようで知らない沖縄戦に
ついてのクイズ、その後ビデオで体験者の方々の証言映像を観ました。
またパワーポイントで住民の4人に一人が亡くなった沖縄戦がなぜ起きたのか、
数々のガマやフィールドワークの様子、そして元白梅学徒隊の武村豊さん
との出会いとその証言などについて、耳を傾けました。



●その他、(沖縄独特の)墓の中に家族で隠れたが、米軍から毒ガスを
 投げ込まれて25名中12名が亡くなった子供の頃の体験を語った男性、
●慶良間諸島の座間味島で、家族での集団自決の惨劇の記憶を持つ女性
 など
聴くこと自体が大変深刻で重たい証言の数々、山地さんへの信頼なくして
成り立たなかった取材だと思いました。


【参加者の感想から】
◆沖縄での戦争について、自分はほとんど何も知らなかった・・・という悔しい気持ちが
 一番大きいです。何度も足を運んで地道に証言を集めた山地さんには、感謝の気持ちが
 尽きません。
◆皇民化教育によって、死ななくてもいい命がたくさん失われてしまったのだという
 ことを想像するとやるせない思いになります。
◆戦争は敵と味方という単純な構造でできているのではないと強く思いました。

【今後取り上げてほしい課題】
◆『この世界の片隅に』で広く知られたような戦時下の庶民の生活を若い方々と
 語り伝えることにより、戦争は戦場だけでないとの実感を伝えることも可能ではない
 でしょうか。
 今の学生さんたちの祖父母の世代でも可能でしょう。80代後半、90代の一般庶民、
 特に女性たち。戦争が自分の祖父母の口から語られることの発見があるのでは
 ないでしょうか。


●ご参加いただいたみなさまありがとうございました。
 会場を提供してくださった長谷川さん、お世話になりました。(斉藤由美子)


| BFP日々の出来事 | 17:31 | comments(0) | - | pookmark |
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