NPO法人ブリッジ・フォー・ピース(BFP)の公式blogです。
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AUTHOR: naoko_j
TITLE: プロジェクトの目的
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PRIMARY CATEGORY: プロジェクトの目的
CATEGORY: プロジェクトの目的

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DATE: 06/18/2005 22:13:20
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戦後60年。
私は20代ですが、戦争を体験した世代がいなくなってしまったら、語り継いでいくのは「戦争を知らない私たち」という意識があります。だからこそ、いろいろと知る必要があると思い始めました。

5年前の2000年2月、私はフィリピンに行き、未だ戦争の傷が癒されない人々の苦しみをぶつけられました。夫を亡くした未亡人は、「日本人なんか見たくなかったのに何であんたはフィリピンに来たんだい!」と泣きじゃくりました。
60代の男性は、「自分の親戚、全員殺された。父親は自分の目の前で日本兵の銃剣によって突き殺された」と、静かに涙を流しながら、震えていました。

なぜ、このような事が起こってしまったのか、私は日本人として知る必要があると思っています。また、私は色々と資料や書籍を見る中で、軍人としての自分の行為を悔やんでいる元日本兵がいる、ということを知りました。自分が関った残虐行為を、亡くなる直前まで老人ホームでうわごとのように嘆き続けた方もいたと知人から聞きました。

ぶつけるところのない怒りが未だに渦巻いているフィリピンへ、元兵士の想いをビデオメッセージとして届けたい、いつしか私はそう思うようになっていました。ビデオ撮影のために元日本兵の方々に過去の体験を話して頂く中で、彼らもまた自身と向き合うことができ、心の変化が見られるようになってきました。そして、私たち若い世代は、それらの語られた言葉から、多くを学ぶことができます。

フィリピンと日本をむすぶビデオメッセージが少しでも人々の心をなぐさめ、平和が広がっていくことを願って活動しています。
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COMMENT:
AUTHOR: 野村 眞己
EMAIL: qqxs8ss69@clock.ocn.ne.jp.
IP: 221.187.8.136
URL:
DATE: 03/21/2006 09:48:47 PM
こんにちは、私も日本軍がかつてどのような酷いことをアジア諸国でやってきたのかに関心があり、証言を聞いたり、本を読んだりしています。あなた方は、この憲法が変えられようという時代によくやられましたね。凄いです。あなた方がお聞きになった中谷さんという方は私にとって初めてです。ご紹介ください。それと同様なイベントがありましたら教えてください。私は、埼玉在住ですが、どこでも出かけます。 最近は、「教えられなかった戦争・中国編」という映画を観ました。中国でも相当な虐殺をしてますね。三光作戦・奪いつくす、焼き尽くす、殺しつくす、ということで。
 再び繰り返さないためにどうするのか私も頑張らねばならないと思ってます。
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COMMENT:
AUTHOR: 神直子
EMAIL:
IP: 218.40.82.250
URL:
DATE: 03/22/2006 02:07:17 AM
野村様、コメントありがとうございます。
中国はじめ、アジア諸国での残虐行為は本当に聞くのもつらい話が多いです。でも、その一方で、そうせざるを得なかった彼ら自身も「犠牲者」である、と思っています。根源を探らなければ、人間はいつまで経っても同じ過ちを繰り返してしまうと思います。どこかで食い止めなければいけませんね。小さな活動ですが、「過去に学ばなければ現在にも盲目になる」、ということを肝に銘じて活動を続けたいと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。
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| 2006.4backup | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
AUTHOR: naoko_j
TITLE: 平和と和解のステイトメント
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PRIMARY CATEGORY: ステイトメント
CATEGORY: ステイトメント

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DATE: 06/18/2005 22:20:24
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BODY:
*本プロジェクトの出発点とも言える、2000年のフィリピン訪問時に作成したステイトメントです。元々私たちのフィリピン訪問の目的は、単なるレジャーとしての旅ではなく、過去の戦争を真摯に学び友好を築くことにありました。そのため、訪問前の事前学習では、雨宮剛先生(現青山学院大学名誉教授)の指導のもと、日比間の歴史を学び、私たち若い世代が過去に対して責任を負うという事はどういう事なのか、ということを徹底的に話し合いました。その議論の中でも戦争を知らない私たちがなぜ謝罪をしなければならないのか、負い目を感じなければならないのか、ということは何度も何度も誰からともなく口をついて出ました。しかし、いざフィリピンに足を踏み入れ、被害者を目の前にすると、そんな過程が全て吹き飛んでしまうほど、私たちは自分たちが意識している以上に日本人であるということを突きつけられたのです。

●前文
「私たち若い世代の者が、過去に対して責任を負うという事はどういう事なのか。」私たちが今回の旅の事前学習で常に考えてきた問いです。私たちは戦争を体験していない若い世代ではありますが、日比間の過去に対して目を閉ざす事は出来ません。過去の真実に向かい合った時、私たちはとてもいたたまれない気持ちになりました。勿論、あなた方の苦しみ全てを理解したと言えば傲慢に聞こえるかもしれませんが、想像力を働かせ、最善を尽くし理解しようとしました。このステイトメントに、私たちの素直な気持ちを表現しました。聞いて頂けるでしょうか。

●ステイトメント
私たちはフィリピンと日本の間に永遠に続く真の友情を築きたいという心からの願いを胸に、今日こうしてあなた方の前に立っています。フィリピンと日本の間で一体何が起きたのかということを理解するために私たちは多くの時間を費やしてきました。それはあなた方と本当の友達になるために、たいへん重要なことだと考えたからです。そしてそれは私たちにあまりにも衝撃的でした。あなた方が体験させられた全ての苦難に思いを寄せたとき、たいへん胸がいたみました。半世紀以上経た今日でさえこの戦争というものが私たちの真の相互理解と友情の障壁となっているのです。

第二次世界大戦中、日本軍はフィリピンを侵略し、この国の何十万もの罪のない人々を大虐殺しました。日本軍兵士は、フィリピンの方々の家族を殺し、町そして村を焼きうちにし、すべてを破壊しました。あなた方のまだ癒されてない肉体的、精神的な戦争の傷痕を考えるとたいへん心が痛みます。私たちはこれらの罪に直接関係があるわけではありませんが、日本軍兵士の子孫として祖先がやったことに対し謝罪をしたいのです。

過去の行為に対して深く後悔している元日本軍兵士を含め、現在、良心を持った日本人が多くいる事は事実です。しかしながら、日本ではアジアでの侵略行為よりも、自分達が戦争の犠牲者である事のほうが強調されているのもまた事実です。今日まで日本政府は、戦時中の犯罪行為について、近隣アジア諸国に対し政府としての正式な謝罪をしていません。その結果、日本の若い世代は、政府により意図的に歴史教育の中で隠されてきた近隣アジア諸国への侵略行為の事実を殆ど知りません。現在、日本教育の中には、日本の学生が歴史の真実を知る機会はまったくと言っていいほどないのです。そのため、若い世代は、誠実に過去の行為を間違いだと認めず、戦争を正当化する修正主義者たちの歴史解釈を何の疑いもなく受け入れてしまいがちです。私たちが実際に起きた事を知るという事は、同じ過ちを繰り返さないために重要な事なのです。ですから私たちはこの場所で、あなた方から学びたいのです。

私たちは日本の侵略が今もなお、経済的侵略という形で続いているという事を学びとてもショックを受けました。例えば、フィリピンで日本の企業がフィリピン人労働者を低賃金で雇っていたり、その上私たちにはあなた方の美しい環境を破壊している責任があるのです。一方、日本で働いているフィリピン人労働者は厳しい状況下で働くことを強いられています。悲しいことに、性的搾取を受けているフィリピン人女性もいます。私たちは日本の経済成長は、外国人労働者と、海外の資源を搾取することで可能になっていることを忘れてはなりません。また、私たちはアジア諸国に対しての偏見からいまだに完全に抜け出せていないことを、遺憾なこととして受けとめなくてはなりません。恐らくまだ記憶に新しいでしょう、クリスマスの少し前にフィリピンで起こったあのひどい事件−−−日本の産業廃棄物処理業者が、医療廃棄物を、リサイクル用品としてマニラに送ったあの事件を。「なぜマニラに?」あなた方は疑問に思ったことでしょう。私たちは、こんにち日本があなた方にしていることを心から恥ずかしく思います。そして今再び、私たちは謝罪をし、許しを乞いたいのです。

しかしこのような否定的な状況の中、日本にもいくつかの希望の光があることを伝えたく思います。人権問題、社会不正、貧困問題、人口問題、環境破壊など人類的課題に関心を持つ人々が増えつつあります。より多くの人々が今日、世界で何が起きているのかということを学ぶのと同様に歴史から学びたいと思っています。私たちのまわりには他の人に愛と思いやりを持って接する人々がいます。私たちの前に体験学習としてフィリピンを訪れた先輩方を例にとってみましょう。フィリピンによって彼らの人生は変わりました。ある者は教師として歴史の真実を伝え、またある者はNGOに参加し世界をよりよい場所にするために一生懸命働いています。多くの人々が恵まれない人のために仕えています。まだ行動に起こせていない人でさえ、いつの日か行動を起こせるために、どのように生きるべきか、あるいは自分たちに何ができるかということを考え続けています。私たちには世界を一晩で変えられるような大きな力はありません、しかし少なくとも私たちにできることは何かあるはずです。あなた方とこうしてここにいる間、私たちはできるだけ多くのことを学びたいと思っています、そしてこの問題−「わたしたちは友人として、また近所の国としてどのように共に生きていくか」−に対する一つの答えを見つけられることを願っています。私たちは帰国した後、友人とあなた方から学んできたものすべてを分かち合うつもりでいます。自分自身の国と人を変えたければ、まず私たち自身から変わっていかねばならないのです。あなた方との出会いによって私たちは自分自身がよりよい人間になりたいと思っています。確かに私たちにできることは限られています、しかしそれは零ではありません。私たちの小さな行動がいずれは大きな変化をもたらすことを確信しています。

新しい世紀を間近に迎え、重大な意味を持つジュビリー2000年にフィリピンに訪れられたことを光栄に思います。このジュビリーの年に過去と現在に対する私たちの過ちを深くお詫びし、許しを乞いたいと思います。そしてそれと共にこのような過ちを二度と繰り返さない事を誓います。このステイトメントが日比間の平和と和解に貢献することを願っています。


A STATEMENT OF PEACE AND RECONCILIATION Between the Philippines and Japan
by the participants in the 14th exposure trip to the Philippines

●Preface
"What is it for us to be responsible for the past?" This is the question we always asked ourselves during the period of our preliminary studies for this trip. Although we are young Japanese who have no personal experience of war, we could not keep our eyes closed to the past between the Philippines and Japan. Painful as it was, we faced up to the truth. Of course, it might sound arrogant to say that we have understood your sufferings, but by stretching our imagination we did our best to understand you. In this statement, we have expressed our honest feelings. Would you kindly listen to us?

●Statement
We are here today in your presence with a sincere desire to establish a true, lasting friendship with you Filipinos. Before we left home, we spent much time trying to know what had happened between the Philippines and Japan, which we thought would be very important before we become true friends. Our findings were shocking to us indeed. We were heart-broken when we thought of all the hardships that you had to go through during the war. Even today, more than half a century afterwards, the war remains a stumbling block to true understanding and friendship between our two peoples.

During World War II, the Japanese Imperial Army invaded the Philippines and committed a trocities to hundreds of thousands of innocent people in this country. Our soldiers slaughtered your families, burned towns and villages, and destroyed everything. It breaks our hearts to think of your war wounds, physical or psychological, that have not yet been healed. Not being directly responsible for these crimes, nonetheless we as their descendants would like to apologize to you humbly for what our fathers did.

It is true that not a few Japanese of conscience including ex-soldiers are deeply sorry for what we did in the past. However, it is also true that we have so far placed too much emphasis upon being victims of the war rather than aggressors in Asia. Up until today, the Japanese Government has failed to make an official apology to Asian neighbors for our wartime crimes. As a result, the young generation is quite ignorant of Japan's aggression against Asian countries, which has intentionally been concealed in our history education. Under the circumstances, Japanese students have little or no chance to be exposed to the truth of history. That is why young people tend to accept, without questioning, the revisionist version of history which justifies the war instead of honestly admitting that it was wrong. In order not to repeat the same mistake, it is important that we should know what really happened. Here in this area, you could help us learn more.

We were also shocked to learn that Japanese aggression is still going on in the form of economic invasion. For example, here in the Philippines, Japanese companies employ Filipino labor at low wages, while we are responsible for the destruction of your beautiful environment. On the other hand, Filipino workers in Japan are forced to work under difficult conditions.Sad to say, some Filipinas are sexually exploited. We must remember that Japan's remarkableeconomic progress has largely been made possible by exploitation of foreign labor and material resources. We must also admit with shame that we are not yet entirely free from prejudice toward our Asian neighbors. Perhaps you still remember the scandalous incident that happened here a little before Christmas: a Japanese industrial waste disposal company shipped medical waste to Manila under pretense of "recycling resources." Why to Manila? You may have wondered. We are profoundly ashamed of what we are doing to you today. Here again we must make an apology to you and ask for your forgiveness.

Despite all the negative situations, we would like to tell you that there are some hopeful signs in Japan. People are increasingly interested in global issues, such as human rights, social injustice, poverty, pollution and environmental destruction. More people want to learn from history as well as from what is happening in the rest of the world today. We see more people around who are loving and caring for others. Take, for example, those young people before us who have visited the Philippines on this exposure program, which has meant a life-changing experience to them. Some now teach the truth of history as teachers, while some others have joined NGOs working hard to make the world a better place. Many are serving the less fortunate. Even those who have not yet started acting keep thinking about how they should live or what they can do, in order that they may be up and doing one day. We do not have such a big power as to change the world overnight, but there must be at least something each one of us can do. While we are with you here, we would like to learn from you as much as possible, whereby we hope to find an answer to the question: how we should live together as friends and neighbors. When we go home, we will share with our friends all that we have learned from you. If we want to change our country and people, we must change ourselves first. By this encounter with you, we hope to make ourselves better persons. Certainly, what we can do is limited, but it is not zero. We are convinced that our small actions might eventually cause a great change.

It is our great privilege to visit the Philippines in the Jubilee 2000, the special year of great significance. We are also at the threshold of the New Millennium with the 21st century just round the corner. On this auspicious occasion, we humbly admit our mistakes of yesterday and today, and at the same time we vow to you that the same mistakes will not be repeated. It is our sincere hope that this humble statement will contribute in its own small way to peace and reconciliation between the Philippines and Japan.



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COMMENT:
AUTHOR:  
EMAIL:
IP: 218.225.244.241
URL:
DATE: 06/22/2005 12:11:23 AM
韓国の子供が書いた絵 地下鉄入り口に張られています。第二弾だよ!!
http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/25685965.html

↓もっとたくさんの絵がありますよ!!
http://aog.2y.net/forums/index.php?showtopic=1558
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| 2006.4backup | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
AUTHOR: naoko_j
TITLE: 5月のインタビュー
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TAG:
DATE: 06/18/2005 22:27:52
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BODY:
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インタビュー抜粋
 T.Hさん(男性83歳/陸軍学校を経て軍曹)
 K.Tさん(女性75歳/兄が海軍気象隊の一員として17歳で戦死)
 Y.Tさん(男性86歳/支那事変後、比島攻略参加)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●T.Nさん(男性83歳/陸軍学校を経て軍曹)
大正生まれのTさんは、現在都内に娘さんと住んでいます。時々国分寺にある
果物畑の世話をしに一人で出かけるほど、足腰は衰えておらず、取材当日も建
物の地下にあるスターバックスまで案内してくださいました。喫茶店で話を聞
くこと1時間半。  
最も私が注目したのはそれまで穏やかだったTさんが、急に声をあらげて力説
し始めた時のこと。「侵略したといわれるかも分からんけど、日本の戦争のよ
いとこは、それでアジアが独立できたことでしょ。アメリカやイギリスがどん
な酷いことしたか。」そう言い放つと、それから怒涛のように日本軍のよいと
ころ、日本が戦後も経済的にフィリピンを支えてきたことなどを、熱く、ツバ
を飛ばしながら続けました。
一通り話し終えたTさんは、ようやく我にかえったように1点を見つめました。
「個々の人間は、みんないい。戦争が人間を悪くするんだ。戦争というものは
ふつうでは理解できないような異常心理にみながなる。」結局、Tさん自身は
みなを代表してフィリピンの方に言葉を伝える立場にないと思う、とのことで
知人をご紹介いただけることになり、後日またお会いすることになりました。

●K.Tさん(女性75歳/兄が海軍気象隊の一員として17歳で戦死)
元日本兵を知っていらっしゃるということで、ご紹介いただく前に私のプロジ
ェクト趣旨を説明させていただくためにお会いしました。その目的以上に衝撃
的だったのは、お兄様を亡くされ、当時の情報がほとんど入ってこないことに
憤り、ご自身で調査に乗り出し、本まで出版されていることです。穏やかな物
腰からは信じられないことでしたが、それほど家族を失った悲しみと苦しみが
その後の人生を方向づけているということを、実感しました。
軍国少女だったのよ、と照れながら当時を振り返り、戦後様々な情報を読み解
いていく中で、市民が賢くなっていくことの大切さについてもお話がありまし
た。「憲法9条も大切だけれど、そのことを意識できる国民が多くなければい
けないでしょ。さらに、声をあげるときによっぽどしっかりしていないと、相
手は理屈で反論しにくるから。」戦時中を振り返り、インテリ層や専門家の発
言も、ずっと追跡して読んでいないと真意は分からない、と厳しく指摘。そし
て最後にこう語ってくださいました。
「アメリカと日本の戦争に、罪のないフィリピンの人が巻き込まれてしまった
の。戦争の基盤にあるのは、自分の国が儲かるため。アメリカと日本の犠牲に
なった国、フィリピンの方にお詫びしたい気持ちです。」

●Y.Tさん(男性86歳/支那事変後、比島攻略参加)
支那事変からさまざまな部隊に参加し、セレベス、ボルネオ、ジャワ島、スン
ダ列島 シンガポール、ニューギニアなどを体験した後フィリピンに戻るとい
う長い戦争体験をお持ちのYさん。山の中をさまよい、収容生活を終えて復員。
その凄まじい経験のせいか、声は大きく、はつらつとした雰囲気を失うことな
く年を重ねているのがよくわかりました。戦後はフィリピンでの学校建設など
草の根の支援を継続し、戦友の遺骨収集のために数え切れないほどフィリピン
を訪問しています。
そのYさんの思想は明快。「日本人は悪いことをしてきた。素直に認めりゃい
いんだよ。でも、兵隊は人を殺したことは絶対に言わない。歴史も教えない。
このことを認めなあかん。あやまりゃいいんだ。」日本の為政者に対する不
信感も口に。「戦争を知らんもんが、また戦争を始めようとしている。」
体験に裏付けられたこの重みのある言葉を、ぜひビデオに収めて、フィリピン
のみならず、日本の若い世代にもぜひ見てもらいたい、との想いを強くしまし
た。

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| 2006.4backup | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
AUTHOR: naoko_j
TITLE: 持続可能な循環型社会へ!
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PRIMARY CATEGORY: 日々感じること、想いのままに…
CATEGORY: 日々感じること、想いのままに…

TAG:
DATE: 06/18/2005 22:31:37
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BODY:
最初は取材対象者が見つからずに悪戦苦闘していましたが、皆さまのお陰で少
しずつ情報が入ってくるようになりました。この場をお借りして改めてお礼申し上
げます。本当にありがとうございました。

中には、取材依頼のお手紙を差し上げても、娘さんから「父をそっとしておい
てください」と返答のある方もいらっしゃいました。二度と繰り返してはいけ
ない、とお話を伺った誰もが口を揃えておっしゃいます。また、戦争体験記を
読むたびに、その凄まじい体験には、胸がつまる想いがします。

それなのになぜ…
その答えが、経済発展や資源のためであるならば、私は持続可能な循環型社会
で、持てるものだけで暮らせる社会であってほしいと願わずにはいられません。
限界がこないと気付かないのではなく、その前に、過去から学んで気付くこと。
その波を起こしていけないものか、と日々考えています。
地道に、頑張ります!

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| 2006.4backup | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
AUTHOR: naoko_j
TITLE: 5月の予定
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PRIMARY CATEGORY: 今後の予定
CATEGORY: 今後の予定

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DATE: 06/18/2005 22:58:31
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4月は関東近県にお住まいの方を訪問してきたので、夏休みにかけて長野、新潟、北海道に住んでいる方の取材に行く予定です。どなたか新しい情報がありましたら、お寄せ頂けると本当にありがたく思います。
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| 2006.4backup | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
AUTHOR: naoko_j
TITLE: 小さな行動が大きな変化を…
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PRIMARY CATEGORY: 日々感じること、想いのままに…
CATEGORY: 日々感じること、想いのままに…

TAG:
DATE: 06/19/2005 08:42:13
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BODY:
「小さくちっぽけな事」「自己満足でしかない事」「お金にならない事」…
経済効率優先の社会では、これらは全て切り捨て。

私自身、このプロジェクトを人に話す過程で相手がそう感じていることを言葉や
表情から感じとってしまうことも多々あります。

でも、私にとってはとても大切なこと。

その原動力は、5年前にフィリピンで出会った人々の苦しみであり、悲しみ。
そして何もできなかった自分への無力感。加えて、これまでの出会いが私を
支えていると言えるでしょう。この事をよく人に聞かれることもあり、戦争に目を
向けるようになった私の背景を、第二次大戦中日本軍の捕虜になったアメリカ
兵の方たちの問題に長年関わってこられた徳留絹枝さんのページに掲載させて
いただきましたので、よかったら読んでくださいね。

徳留さんはご自身のページで元捕虜の方々の体験を紹介するのみならず、
「理解」と「対話」に重きをおかれています。体験談には日本人からの「レスポン
ス」セクションがもうけられ、元米兵と日本人の対話をお1人で実現されています。
アメリカ人にも目に留めてもらえるよう日英両方で読めるページ構成となっており
徳留さんのご尽力には本当に頭がさがります。このような市民の対話が平和へ
の一歩と改めて感じさせられます。
http://www.us-japandialogueonpows.org/Jin-J.htm
「若い世代の戦後60年 ―「日本人」の私たちに何ができるのか」

話を戻しますが…
私は、これですぐ何かが変わるとは思ってはいません。「確かに私たちにできる
ことは限られています、しかしそれはゼロではありません。私たちの小さな行動が
いずれは大きな変化をもたらすことを確信しています」…これは、学生時代に
フィリピンへ行った時に現地で読んだ平和と和解のステイトメントの一部。
いつの日かこれを証明できる日がくるといいなぁ、と思っています。


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| 2006.4backup | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
AUTHOR: naoko_j
TITLE: 6月の予定
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PRIMARY CATEGORY: 今後の予定
CATEGORY: 今後の予定

TAG:
DATE: 07/10/2005 00:15:21
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BODY:
今回は6月に訪問した長野でのインタビュー報告でした。
この件でお世話になった皆さま、本当にありがとうございました。
自分にとってゆかりのない長野へは、全く私のことを知らなかった
方が、あるメーリングリストを通じて私のプロジェクト趣旨に賛同
してくださり、対象者を探してくださって実現したものです。
この場をお借りして改めて御礼申し上げます。

来週は「骨を必ず日本に返してほしい」と言った戦友の言葉を忠実に
実現する元日本兵の方や婚約者を戦争で失った女性の方にも会いに
行く予定です。

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| 2006.4backup | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
AUTHOR: naoko_j
TITLE: 6月のインタビュー
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DATE: 07/10/2005 00:20:39
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インタビュー(抜粋)
  G.Sさん(男性90歳/憲兵隊を経て捕虜に)
  Y.Mさん(男性83歳/マニラ航空廠。山中で終戦)
  H.Nさん(男性83歳/戦闘部隊所属)
  K.Iさん(男性78歳/報道部、転進〔注〕が続いた後終戦)
  〔注:山岳地帯での持久戦〕          
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●G.Sさん(男性90歳/憲兵隊を経て捕虜に)
大正3年生まれのGさんは、これまで私が出会ってきた中でも最高齢。
会話がままならないかもしれない、というご家族の心配をよそにぜひ
お目にかかりたいとお願いしたのは、一度戦犯として死刑判決を受け
た方が、どのような想いで戦争を捉えているか知りたかったから
(Gさんは終戦8年後、特赦により昭和28年帰国)。
新宿から朝早いバスに乗り込んで長野へ。向かったご自宅では、すで
に玄関前で背広姿のGさんが待っていてくださいました。
憲兵隊としての当時の仕事は、現地フィリピン人の集会をとりしまる
ことや捕虜から米軍の様子を聞きだすなど。このことが理由で終戦後
捕虜として刑務所に拘置され、絞首刑を宣告されていました。
「『正義の戦(いくさ)』とかなんとか言ったって、悲惨で悪いこと
をするのが当たり前。 為政者は正当性を主張するけど、果たしてそん
な戦争はあるのか。戦争はみんな悪いよ」。
戦友が処刑されたGさんは、年賀状に「おめでとう」という言葉は絶対
に入れないとのこと。そのことを話すGさんの表情が心に残りました。

●Y.Mさん(男性83歳/マニラ航空廠。山中で終戦)
初年兵として、戦争が終わる直前に召集されたYさん。
「日本軍は自由を履き違えてきた。お国のためなら何を言われても
したがってやらないかん、という気持ちもあり、そういう教育に共鳴し、
したがって生きてきちゃったような気がする。」
終戦後1年半過ごした米軍の捕虜収容所での生活が、Yさんの価値観を
がらっと変えさせたと言います。そのきっかけとなった3名の米軍人の
名前「レイモンド、ホースフン、ケニース」を懐かしそうに話してく
ださいました。お話を聞かせてくださったお礼に、収容所の名前から
何とかしてその方たちを探し出せないか、と思っています。
短い戦争体験だったと語るYさんでしたが、頂いた直筆の資料には、
想いがたくさん詰まっていました。そこに書いてあった一節。
「日本が掲げる大東亜共栄圏の思想は、比島の民衆にとって全く迷惑な
ものであること、日本軍は侵略者にほかならない。日本は平和であった
比島へ勝手に土足で侵入したのです」

●H.Nさん(男性83歳/戦闘部隊所属)
「家族以外には話せない。来てもらっても話すことはない。」
受話器の向こうでそう言い放つHさんに、最初はうろたえつつも、でも
引き下がれない何かを感じました。何度か電話やお手紙をやりとりする
うち、少しずつ信頼していただけるようになり、迎えた訪問日。戦闘部
隊出身とのことでどんな方だろうか…と不安を抱えながら向かったご自
宅で、たくさんの資料を用意して待ってくださっていたHさん。帰る頃
には孫のようによくしていただき、帰りの電車の心配や私の結婚の心配
までしてくださいました。
ご自身が20代前半ですさまじい経験をしたことと対比させ、今の若者を
厳しく批判。「人生大変なことばっかりだったよ」とため息混じりに、
はにかんだ笑顔を見せてくださいました。
「話したくないからこれ読んで」、と手渡されたたくさんの資料。
その重みをかみ締めながら、現在読み進めています。

●K.Iさん(78歳/報道部、転進が続いた後終戦)
「山奥の百姓が、遠い、広い世界にあこがれるように、戦争には若者の
夢がありましたよね」と語り始めたKさん。戦争の痛みが忘れ去られると
戦争の好きな人が出てくる、と危惧して1989年から戦争に反対する組織
にも所属しています。
「戦争が終わった直後は、たましいを抜かれたような感じでした」と言
うKさんの戦場での体験のほとんどは、「転進」という、いわゆる山奥を
当てもなくさまよう日本軍の持久戦でした。春菊だけをひたすら食べて
しのいだ話や、現地フィリピン人から食料を奪った話。
「正義の戦争なんて原理としてはない」。そう断言し、お金万能の世の
中で、本当に幸せなのかと現代社会を批判する目も、当時の体験に裏付
けられた重みのあるメッセージとして受けとめました。
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AUTHOR: naoko_j
TITLE: 励ましの言葉、ありがとうございます!
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PRIMARY CATEGORY: 日々感じること、想いのままに…
CATEGORY: 日々感じること、想いのままに…

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DATE: 07/10/2005 00:24:46
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情報をご提供いただいた皆さまに、経過報告を兼ねてメールを
お送りしています。送るたびにコメントを返信くださるなど、
たくさんの方に応援していただいて、本当に励まされます。
ご自身のネットワークでさらに広めてくださったり、ホーム
ページに掲載していただいたり、関わっている組織の会報に
載せてくださったり…。皆さま、本当にありがとうございます。

私自身、個人のこのような活動がたくさん湧き起こってくること
で、社会は確実に変わる、と信じている1人です。あきらめは何
も生みだしませんから。自分が大切だと思うことに、じっくり
取り組んでいきたいと思っています。
ただ、今回のプロジェクトに関しては、こちらの意図が前面に
出すぎることのないよう、バランスのとれた聞き取りを心がける
つもりです。

ご指導、アドバイスなど今後ともよろしくお願いします。

●大学時代よりお世話になっているマスコミ関係者の方から
個人的には、遠回りな道だと正直思う。
いままでも多くの人が同じことをしてきたにも拘わらず、
残念ながら著しい成果があったとは今の日本を見ると言えないからだ。
ただ、やる以上は、協力してくれる人がいなくとも、智恵を
使って、過去の人を凌駕する心意気で全力投球するしかないだろう。

●小学校教員の方(女性)から
あなたの勇気と元気に大きな拍手を送ります!
年輪を重ねてきた者より、これからの歴史を作っていく若者こそ
戦争を知るべきです。加害者もまた心に大きな傷を負ったのですね。
良心が今も咎めているのですね。こういう方々の存在を知らせれば、
庶民は日本人もフィリピン人も、むりやり権力者によって加害者に
されてしまったことがわかりますよね。
庶民レベルでは手を繋ぐことが可能だと思いました。
とにかく国民は賢くなり、自分たちを苦しめるものを国会へ送ら
ないことが重要ですね。

その他、励ましの言葉をくださった皆さま本当にありがとうございました。
このブログへのコメントも大歓迎です。
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