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韓国で初めてワークショップをしてみて
韓国料理屋にもよく行く。

在日韓国人の知人もいる。

韓国の人に会ったことがない訳ではない。

 

だけれども、「韓国で、韓国の人に会う。」このことに緊張をしていたのは間違いなかった。

緊張をさせていたのは、テレビや雑誌などマスコミから受けた先入観に他ならない。

 

韓国の人は、僕と会い、僕が日本人であることが分かった時、「どんな顔をするんだろう?」「どんな気持ちになるんだろう?」「どんなことを話すだろう?」「いや、話してくれなくなったりするのではないか?」と思ったり、少しでも自分の気持ちが伝わるように「韓国語をやっておくべきだった。」「韓国のこともっと勉強してから来るべきだった。」そんなことを思いながら飛行機はどんどん韓国へ近づいていった。

 

その緊張は、一瞬にして破られることになった。

韓国の人は、みんな笑顔で迎えてくれ、食事に誘ってくれた。

「なにを食べたいか」尋ねてくれ、「それならあそこがいい、ここがいい」と考えてくれた。

テーブルにつけば、「韓国のお酒はこう飲むんだ!」と笑いながら教えてくれた。

日本人である僕に、こんなに好意を示してくれ、本当に嬉しく、楽しく、韓国に対する心配があっという間になくなり、これだけで韓国に来てよかったと思えた。

 

今回の韓国ツアーの行程は、「戦争と女性の人権博物館」「西大門刑務所歴史館」の博物館を見学すること。BFPのワークショップを実施すること。が大きな目的だった。

ここは、もう一つ緊張するところでもあった。

日本人である僕が、韓国の人に、第2次世界大戦の話題を持ち出すこと、そのことへの緊張は変わらず残っていた。

 

戦争と女性の人権博物館は、印象的な博物館だった。

第2次大戦中の日本軍の慰安所の見取り図、その時使用されたコンドーム、慰安所の設置の日本軍の資料、日本兵の日記など従軍慰安婦の事実を構成する資料の展示に加え、とくに印象的だったのが、従軍慰安婦の方々の証言のビデオ、今の思いを一言で書かれたメッセージ、従軍慰安婦の方を主人公とした戦時中のアニメなど、従軍慰安婦とされた方の当時や今の心境に触れたり、想像させる展示だった。

第2次大戦中の日本軍の慰安所や従軍慰安婦に関して、祖父から話を聞いたり、ある程度知識と関心を持っているつもりだった。展示をみて、知っているとはいえなかったと強く感じた。慰安所があった、そこに慰安婦がいたということは知っていても知っていたとはとても言い難かった。従軍慰安婦とされた方がどんな気持ちでいたか、今どんな気持ちでいるかに触れ、想像し、考えさせられたことで、無知な自分に気づきとそのことを感じさせてくれたことに有難く思った。

 

一方で、この博物館を見学して、自分とその展示を通して、日本人が韓国人に嫌悪感を持たれる訳を感じざる得なかった。そんななかBFPのビデオを使ったワークショップの実施にさらに緊張を高めていくことになった。

 

BFPのワークショップは2回実施することが出来た。

1回は、昨年BFPが韓国の会議に参加させてもらったときにであった大学の先生が主催する会での実施。もう1回は、その先生のNGOで活動する学生や若手の社会人に対して。後者は、韓国滞在中、僕たちをいろいろと案内をしてくれたりする中で、一緒に食事をしていたときに、そのビデオをみたいといってくれたことがきっかけになって急遽実施することになったものだった。そのワークショップはとても印象的なものになった。

 

ワークショップは日本で開催するのと同じように、ビデオをみてもらい、そのあと自由に感想を共有し話をしていくこととした。ワークショップのイントロでは、僕が感じている緊張感や博物館を見学した感想などを話し、きっかけとした。

ビデオを見た各人の感想は、日本での開催した時のものとは大きく異なった。

・「日本の戦争の責任や賠償についてどう考えているのか」と個人的な意見を聞かれた。

・兵役を受けた。ビデオで「しかたなかった」と話す人が印象的だった。自分も兵役のときに「しかたなかった」ことがたくさんあった。

・加害体験の話ははじめて聞いた。とても印象的だった。

韓国人は、日本に行ったことがないのに「嫌い」という人が70%を超える。もっと交流があったらいい。

そんな感想だった。

僕の緊張に対しては、「日本人に対して、嫌悪感をあらわにする人は年配の人にはいるが、やさしい人も多い。実際自分たちは嫌な印象を持っている人は多くないと思う。」と応えてくれた。

「戦争と言えば何戦争か」という僕の問いに「朝鮮戦争。休戦中だけど、今も戦争中。」という返答に、韓国の今の現状を改めて認識する機会となった。

ワークショップを実施して、また一つ大きく緊張がほぐれた。それは僕の緊張ももちろん、僕と韓国の人の緊張もほぐれたように感じた。

ワークショップが終わると「よし!」とみんなでサムギョプサルを食べに行き、韓国流のお酒の飲み方を教えてもらったり、平和についての話をしたりした。

 

日本から韓国へは2時間半。近かった。

行って、会って、話してみないと分からないことがたくさんあった。

いろいろなことを率直に話せる友達ができたということが何よりも今回の成果だった。

鈴木佑輔

| 韓国訪問レポート | 20:05 | comments(0) | - | pookmark |
第3回韓国ツアーレポート
掲載が大変遅くなり恐縮ですが、
7月末に実施しました韓国ツアーのご報告を兼ねて、
レポートをアップ致します。

是非、ご一読くださいませ。
| 韓国訪問レポート | 14:18 | comments(0) | - | pookmark |
韓国へのスタディツアー
韓国へのスタディツアーは2度目ですが、
現地に詳しい中村さんや、現地の方々との交流があるのが魅力です。

今回は7月21日(月)に
トロント・アルファ(ALPHA:Association for Learning and Preserving the History of WWII in Asia、第二次世界大戦アジアの戦争の歴史を学び伝える会)から
日本から歴史教育についての発言をするように依頼されていました。
その前の土日にBFPのツアーに参加させていただきました。

20日は、昨年の東アジアの平和のための歴史NGOフォーラム開催に尽力された
Kang Sunghoさんが、みずからゲストハウスにむかえにこられて、
地下鉄とバスを乗り継いで郊外の団地の集会室で、
Kang Sunghoさんがなさっている英会話教室で交流しました。

前日は、中村さんの友人で日本に留学している韓国の方が一時帰国中で、
戦争と女性の人権博物館に同行いただきました。

その後、Kang Sunghoの関係で
歴史NGOフォーラムでインターンをしている日本人の留学生と韓国の方と
散策、市場での夕食、飲み会となりました。

6月下旬に東京・在日韓国YMCAでひらかれた「日韓つながり直しキャンーペン2015」は、
東アジアの平和のための歴史NGOフォーラムとの共催で、
Kang Sunghoさんも運営にあたっておられたといいます。
わたくしは、土日の参加はかなわなかったのですが、
スケジュール終了後、Jonathan Even-Zohar(EUROCLIO)さんと会食したのち、
韓国YMCAに戻ったところ、Kang Sunghoさんと再会し、
恐縮にもカメラのシャッターを押していただいたのをおぼえています。

博物館でのことや交流の様子は、ほかの方にお任せして、
トロント・アルファでのことを書きます。

神代表は、トロント・アルファのスタディツアーが来日した際の出会いから、
トロントでの会議や、韓国でのツアーに招へいされるなど
交流を続けてこられたとのことです。
2009年4月下旬に、松井ケティさんから、
フローラ・チャンさんらが来日するので会合をとの古い e-mail がのこっています。

そこに神さんがおいでになったとのことですから、
その後、ていねいにつながりをつくってこられたといえるわけです*。
間際になってそのような追想をしていました。

トロント・アルファからは、
日本の歴史教育について発言をするよう求められていたのですが、
荷が重いので、平和教育全般について発言しました。

会場は西大門になる東北アジア歴史財団の会議室でした。
韓国の高校の歴史の先生と、新潟県教組から小学校の先生、
そして、新潟平和運動センターからの登壇がありました。

その後、BFPのビデオ上映、
高校生からの「戦時性奴隷」に関するプレゼンテーションがありました。
BFPのビデオを韓国の高校生の方も見ていましたので、反響が知りたいところです。

トロント・アルファのツアーには、
カナダほか米国からもさまざまな年齢層からの参加者があり、
中国3都市をへてソウルに着いたといいます。
翌日はナヌムの家を訪問することになっているとのことでした。
現職の先生にたいして、教科書の採択や自主教材の使用についての質問がありました。

スタディツアーには、ストーリー・テリングのプログラムも組まれ、
「ふれいざー」という日系新聞の方も参加されていました。

カナダの日本領事館は、戦争責任といった問題には冷淡なので、
文化伝承ということで日本の昔話の語りをとおして、
東アジアの基層にある文化交流を示すようにしているとのことでした。

新潟から数名の参加があり、
海外で日本の方々とのネットワーキングを深めるというのは妙なものです。

昼食後、ツアーのメンバーがのこり、トロント大学のプロジェクトで奨学金を得て、
日本軍による香港侵略、占領、カナダ人捕虜のこと、
英国による香港での戦争犯罪裁判についての調査報告がなされるのを傍聴しました。

ながくトロント・アルファによってなされてきたツアーは、
なかなか参加者を得るのがむずかしくなってきたといいます。

今回の参加者には、アジア系の方ともども、
反ホロコーストの活動をされているユダヤ系の方も多くおられるようでした。
来年は、米国・ニュージャージーのアルファがされるとのこと。
| 韓国訪問レポート | 14:06 | comments(0) | - | pookmark |
謝罪・補償とどう向き合うか〜韓国ツアー初ワークショップを通して〜
 この度719日〜21日、第3回韓国ツアーを開催しました。

メインイベントは韓国ツアーとして初・韓国「ワークショップ」開催。

 

滞在スケジュール等が直前で変更になり、お手数おかけする中、

多くの皆様にご協力いただき、無事に実施することができました。

 

戦争と女性の人権博物館 見学

初日は、慰安婦問題に関する資料を展示している

「戦争と女性の人権博物館」を訪問。

慰安婦被害女性たちの証言を中心とした資料が展示されています。

 

戦争と女性の人権博物館ここに本文を記入してください。

「仕事があると聞かされて行ったところが慰安所だった。」

「1日に何人もの人と性行為をさせられた。」

「逃げ出そうとすると殴られた。」

「この経験をずっと記憶していなくてはいけないのだとしたら、生きていけない」

「次の世代には絶対に同じ体験をして欲しくない」


生々しい体験談や強いメッセージに、胸が痛くなります。

 

また館内には、亡くなった方々の写真と名前が紹介されています。

最近亡くなった方の写真が追加されており、よく見ると

以前私がお会いしたことのある方でした。

 

お会いしたといっても、少しお話しただけでしたが、

とても親切に接して下さったことが記憶に新しく、時の流れを痛感し、

どういう気持ちでお亡くなりになっただろうか...と

複雑で悲しい気持ちになりました。

 

博物館のスタッフの方は、

「韓国や世界各地の戦争・紛争の性暴力被害者の支援活動をする中で、

戦争被害の実態が、国家と国家の問題を超え、

男性と女性、大人と子供と構図の中で問題が見えてくる。」

とおっしゃっていました。

 

一方、この日に案内をお願いした現地の友人には、

「日本はなぜ、謝罪、補償しないのか。」という

質問を受けました。

 

韓国の方々と、植民地や戦争の話をする際、

「謝罪」「補償」というワードが、よく出てくるように感じます。

 

国家の枠組みとして、日韓の補償を考えるとき、

慰安婦問題であれば、軍の関与や、半民半官で実施した「国民基金」の話、

また戦後の請求権の話が出てきます。

いずれも国家、外交に絡み、一筋縄ではいかない状況だと思います。

 

そんな中、韓国側の求める「謝罪」「補償」に対して、

日本の民間人として、どこまで理解し、またどこまで行動していけるのか...

そんなことを考えさせられます。

私自身、韓国側のそういった立場についてより学び、知る必要があります。

 

昨今、民間交流が発展する中、

日韓の人々はまだお互いに十分に知り合えていない状況です。

そして、BFPのビデオメッセージや、気持ちを引き出すワークショップが

そのきっかけの一つになるのではないかと思っています。

 

●ワークショプ

2日目は、メインとなるビデオ上映・ワークショップ。

 

午前中は、今回のツアーで現地のコーディネートをして下さった

国際NGO歴史フォーラムのカンさんの英語教室にお邪魔し、

社会人、シニア層で英語を勉強している生徒さん方と

日韓の文化の違い等について、コミュニケーションの場を設けました。

 

前日19日は韓国では、暦上で一番暑いチョボクという日でしたが、

この日はサムゲタンを食べるとのこと。

全く知らなかったので勉強になりつつ、また日本にも土用の丑の日があり、

やはり、日韓の文化は似ているなぁと思いました。

 

カンさんジョイントワークショップここに本文を記入してください。

その後は、ビデオメッセージの上映。

私にとっては、韓国の方々とビデオを見る初めての機会だったため、

どのような反応をされるか心配でしたが、真剣に観て下さいました。

 

時間の関係上、感想共有の部分にあまり時間を割けませんでしたが、

「日本兵が、家族や子供名前を呼んで死んでいったという話が印象的だった」

「これまだ聞いたことの無い加害者側の話を聞ける貴重なビデオ」

等のコメントをいただき、ご参加の皆さんに関心を持っていただきました。

 

少し勿体無かったのは、ビデオが英語版だったため、

全ての内容が伝わりきらない部分がありました。

「今度はぜひ、韓国語字幕を作って、より多くの人に見てもらった方が良い」

という前向きな意見もいただき、

短い時間ながら、次回につなげていける時間になったと思います。

 

カンさんビデオ上映ここに本文を記入してください。

午後は、西大門刑務所という、

植民地時代に独立運動家が捉えられていた場所の博物館を見学。

日曜日ということで、家族連れやカップルも多くいました。

こうした歴史博物館に、家族やカップルで行くという光景は

あまり日本では見られないことから、

韓国人と近現代史が、彼らにとって特別なんだということを感じさせられます。

 

その後は、歴史フォーラムの学生を中心としたユースインターンの方々と

ワークショップの時間を持ちました。

もともと予定しておりませんでしたが、急遽前日に場所等を手配してくれ、

実施に至ったことは感謝の限りです。

 

一部ではありますが、韓国側の参加者のコメントを

簡単に紹介できればと思います。

 

==================

「戦時中の教育で洗脳されたとはいえ、本当にどうすることもできなかったのか?

 そのために多くの韓国人、フィリピン人、中国人が死ななくてはいけなかった。

 彼らの死に対する処罰やケアがこれまで無いように思える。

 和解のためには事実を明らかにし、謝罪し、補償することでのみ可能だと思う」

 

「元兵士のおじいさん達がかわいそうだと思った。

韓国は徴兵制があるため、自分も軍隊を経験しているが、

上の命令に逆らえない状況は理解できる。

そういう状況になること自体が問題。」

 

「ビデオを見て、今も世界で起こっている戦争・紛争について、

 韓国の大企業が武器を作り、輸出していること、

 ベトナム戦争への韓国軍の参加等について考えた。」

 

「以前見た、トラウマを抱えた

ベトナム戦争に行った米軍のドキュメンタリーを思い出した。

人々は歴史を勉強しているはずなのに、今も状況は変わっていないと感じた。」


==================

 

また、徴兵経験と重ねての感想は韓国ならではのものだと思います。

 

さらに感じたのは、彼らがビデオを通して、

「現在」の様々な戦争・平和の問題について、考えていたことです。

 

その他、現在の憲法9条改正の動きや在日問題についても

話題が広がりましたが、時間の関係上、そこまでの話はできませんでした。

 

フィリピンの方を取材したBFPのビデオですが、

韓国側の参加者からは様々な視点で、率直な意見、感想を得られ、

私自身、非常に学ぶことの多い時間でした。

 

今後、このビデオやワークショップを通じて、

より多くの話が出来るのではないかと、可能性を感じました。

 

今後の日韓が本当に友好関係を築いていくためには、

文化交流だけでなく、やはり歴史・戦争の話を共有しなくてはいけません。

 

歴史、戦争の話は、なかなか切り出しにくい話題です。

だからこそ、被害者、加害者のありのままの体験談を伝える

ビデオメッセージは、そのきっかけを作るためには、

とても良い内容だと改めて感じました。

 

一歩進んだ日韓の関係を築くために

今後も韓国ワークショップが開催できればと思っております。

| 韓国訪問レポート | 14:00 | comments(0) | - | pookmark |
お誘い!~ソウルでBFPワークショップの旅〜
 第3回 BFP韓国ツアー
〜ソウルでBFPワークショップの旅〜

こんにちは。韓国ツアーの中村です。
皆さま、7月の下旬のご予定はお決まりですか?

昨年に引き続き、今年も、
「第3回 BFP韓国ツアー」
を開催します。

昨今、日本国内のニュースでは
憲法や集団的自衛権がよく取り上げられています。
日本、そして東アジアの国々の関係は
これからどうなっていくのか・・・

そして今、こうした日本の状況に
韓国の人々は何を思っているのでしょうか?
日本にいる私たちには
なかなか現地の方の意見に触れる機会はありません。

昨年に続き、この夏、
今一度、現地の空気を感じながら、
日韓の歴史について一緒に考えてみませんか?

今回のツアーでは、
・初開催!BFPワークショップinソウル
・慰安婦体験女性の方々が暮らすナヌムの家訪問
 ※施設の状況により、変更になる可能性があります
・ご希望があれば「フリーハグ」!

観光では行かない場所、
出会い出会えない人々・・・
他の観光ツアーでは絶対に無い
BFPオリジナルツアーです。

ご参加お待ちしております!
皆さまと濃厚な2泊3日間を過ごせることを楽しみにしています。

====================
≪ツアー日程≫
2013年7月19日(土)〜21日(月・祝)
≪訪問都市≫
ソウル

≪参加費用≫

35千円

<宿泊費、交通費、通信費、取材対応者御礼、プログラム・コーディネート費が主な内訳です>

*ただし、航空費、燃料サージャージ、パスポート取得、海外旅行保険加入費、飲食物、超過手荷物料金、チップ、ご自宅と集合地及び解散地間の交通費、突発的な移動費、お土産代、その他雑費は費用に含まれていません。

====================
≪訪問スケジュール≫
※参加者数・予約の関係でスケジュールは変更になる可能性がございます。

【19日(初日)】
・11:30頃、ソウルの空港もしくは現地ホテルにて集合
※航空券の手配はご参加の皆様各自でのご手配をお願いしております。
・「戦争と女性の人権博物館」 見学
※従軍慰安婦関連の資料を展示する、支援者の寄付で建てられた博物館です。
《参考URL》
http://www.whrmuseum-jp.org/index.html

【20日(2日目)】
・「ナヌムの家」見学
《参考URL》
http://www.konest.com/contents/spot_mise_detail.html?id=1959
 ⇒ソウル市内の資料館見学に変更となる可能性がございます。
・BFPワークショップinソウル
・現地の方々との交流お食事会

【21日(最終日)】
・ソウル市内の散策
・希望者がいれば恒例のフリーハグも
・午後の便で帰国

====================

★お申し込み、お問い合わせはコチラから


韓国ツアーチーム
中村潤一
| 韓国訪問レポート | 20:19 | comments(0) | - | pookmark |
第2回BFP韓国ツアー報告/2013年7月19日〜21日(2泊3日)   +国際会議
 昨年初めて実施した韓国ツアー。
2012年は、1泊2日と結構忙しいツアーでしたが、2013年はもう少しじっくり韓国を知ろう!とツアーとして1泊延長。さらに、延泊が可能な方々を対象に、BFPとして国際会議への参加を組み込むことで、より充実した時を過ごせたように思います。

 中村潤一、韓国ツアー・マネージャーのもと全員無事に帰国しました。
それぞれのレポートは、以下からご覧ください。タイトルをクリックすると読めます。

全行程参加
○中村 潤一: 日韓の距離って

部分参加
○淺川 和也: 韓国訪問レポート

| 韓国訪問レポート | 22:20 | comments(0) | - | pookmark |
「これから」―戦後世代の私にできること―(畑江奈つ希)
 6年ぶりの訪韓にやや緊張しつつ迎えた今回の韓国ツアー。 

 歴史を学ぶツアー、そして国際会議に出席するために、BFPのメンバーと共に一週間滞在しました。聞こえる言葉や見える風景は多少違えど、日本に近しい空気が流れる韓国に改めて親近感を覚えました。 隣に位置し古くから関係をもつ韓国と日本ですが、常に良好な関係を保ってきたわけでなく、むしろ現在も大きな溝を感じざるを得ない側面も持ち合わせています。 『なぜなのか』。今回のツアーでは、常にその疑問符を抱きながら、次の世代を担う立場にある一員として過去の歴史とこれからの課題に向き合う時間を持つことができました。 
 今回の滞在では、最初に景福宮を訪れました。1395年建立と古い歴史をもつ景福宮は近代化されたソウルの街の中心に位置し、立派な門構えのお宮は韓国の歴史の重訂さを物語っているようでした。とにかく広大で、復旧の工事の途中でもありました。何百年も昔の歴史を今も尚大きな形として残そうとしている姿に、韓国の方々の自国の歴史を大切にする想いを感じました。 その後、「慰安婦像」を見るため日本大使館前に向かいました。  
 この日本大使館の前には、従軍慰安婦を象徴するひとりの少女の銅像があります。道路を隔て、ひとり椅子に座り、大使館側を向いています。報道では何度も見たことがありましたが、実際にその場に立って見てみると、そこに託されたたくさんの人々の想いに触れているようでした。従軍慰安婦に関して日本政府は他のアジア諸国から批判を受けざるを得ない態度をとりがちですが、こうして今も訴え続けている方々を見ているとその声に耳を傾けずにはいられません。 また、その隣には首相の名が書かれた横断幕が。  
 歴史認識というものにはそれぞれの立場があるものかもしれませんが、事実を事実として認識し受け止めることが、同じ悲劇を繰り返さないために私たち戦後世代にできる最初の一歩になるのではないかと思います。 
 二日目はソウルから新幹線にのり、到着したのが天安牙山。独立博物館を訪問しました。  三日目のメインは、フリーハグ。 弘大という、若者の多いショッピング街に繰り出し、まずはボード作りから。そばにいた私と同じ年代だと思われる男女2人に声をかけ、日韓の国旗を一緒に書いてもらいました。 
 完成したボードを持ち、いざ道端に立って見ると、いろいろな思いが沸いてきました。笑顔でハグをしてくれる人もいれば、こちらを見つつも恐らく照れや戸惑いがあり通り過ぎる人、一瞬目を向けながらも通り過ぎる人、‥立っているだけでも、いろいろな思いや考えを体感できたようでした。もちろん「フリーハグ」ですから、街行く人とハグをすることができることが一番いいかもしれません。ハグをすることでお互いの間にはNo Borderであることを確認できるのかもしれません。が、私は日韓の国旗を一枚に描き、良い関係を築きたいという想いを、ボードをもちつつあの場に立つことで、道行く人に一瞬でも伝えることができたのではないかと思います。さらには、私たちの姿を記憶の片隅に少しでも残してもらい、それが日韓の歴史と現状の関係、あるいはこれからの方向性に少しでも想いをめぐらすきっかけになるかもしれない・・そのことに大きな意味があるんだと思いました。考えるきっかけを作る、というのはBFPのミッションにもありますが、フリーハグでもきっかけづくりができたように思います。 同時に、今回は若者が多い街で行ったためハグをした多くは若い方々でしたが、もう少し年配で戦争体験者であったり、そのひとつ下の世代の方々が私の姿を見たら、何を思うだろうということも考えました。 
 ツアー後半では、国際会議に参加しました。 
 世界各国から研究者、NGO関係者が集い、平和と歴史的和解について議論を持った5日間。私はここで、アジア各国や欧米諸国が日本の歴史認識、そして現政権に対する様々な意見に触れることができました。会議の中で常々感じていたことは、韓国の持つ傷の根深さ、そして日本の過去の歴史と向き合う必要性、そして、各国が日本の“右傾化”をとても危惧しているということ、です。また同時に、私たちの歴史に対する視点や見解には、教育が大きく影響を与えているということも改めて痛感しました。 政治の裏側を垣間見ることもあり、この広い社会の中で平和を作っていくために私にできることなど本当にあるのか・・と考えることもありましたが、この会議に参加し、ツアーで学び、現地の人々と交流を持つことで、今こそ私たち若い世代は歴史を振り返り受け止め、それぞれが未来の形を考えていくときだと強く感じました。私がこのツアーで関わりを持つことができた方々はほんの一部かもしれないけれど、同世代の友人達と交流したなかで分かったことは、私たちは平和の中に生きていきたいという想いを同じにしているということです。過去の事実の中にどんなことがあって、どんなことがなかったのか、全てを知ることは大変なことです。だけど、記憶を抱えて今も生きている方々がいる。同じ過ちを繰り返さないために、その記憶を学び、後世に伝えていきたい。その思いはさらに強く固いものとなりました。 
 会議の中であるドイツの学者の方は、「未来のことをもっと考えて行くべき。その上で傷害になっている過去を考えていくことが大切」とおっしゃっていました。たくさんの戦争体験者の方々の苦しみを、そして犠牲者の方々の痛みを無駄にしないために。そして、次の世代が平和の中に生きられる社会を創るために。私たち戦後世代は未来を前向きに考えて行かなくては、と思いました。ただ、前を向くことと、過去について無知無関心でいることは違う。未来を考えるために、過去をきちんと知っていきたいです。 このツアーでは、これから私に何ができるのだろうということを考えるための多くの材料を得ることができました。そういった意味で、過去の歴史を常に想いをめぐらせつつも、自分の中に未来志向的部分が増えました。過去はやり直すことも消すこともできない、だからせめて限りある記憶を可能な限り記録に残し、後世に伝え、同じ悲劇を繰り返さないこと、よりよい社会を築く努力をしていきたい。 
 BFPの活動を継続していくことが、この想いを行動に移すことにつながると確信しました。戦争体験者はもう80代、90代・・残された時間はそう多くありませんが、ひとつでも多くのメッセージを受け取り、伝えて行こうと思います。 また、ツアーや国際会議では自分の勉強不足さを痛感することもありましたが、中村潤一さんの友人や、国際会議中にルームメイトになった韓国の友人など、同世代と時間を共有することが多くあり、おいしいものを囲んでたわいもない話をしたり、時に歴史的な会話をしたり、そんな時間がとても心に残っています。
   
 日本にいて、テレビの前で領土問題や歴史認識に関する報道などを横目で見ているだけだと、政府の姿勢や国家間の関係が自分の意見のように感じたり、相手国に対してネガティブな印象を持つことは少なくないことかもしれません。しかし、こうして交流を持つことで、実際の市民の人々の認識や意見を知ることができ、自分の考えを伝えることもできる。こうしてひとつひとつの交流を大切に積み重ねてくことが、平和な社会を創るうえで一番大きな土台になるのでは、と思います。
| 韓国訪問レポート | 22:17 | comments(0) | - | pookmark |
日韓の距離って(中村潤一)
 今回2回目となったBFP韓国ツアー。
前回に引き続き、今回の韓国ツアーの肝は
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 ▲僖奪院璽献張◆爾任蝋圓ない所に行く
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 ご攅颪魍擇靴爐海
です。

後半に国際会議があったこともありますが、
第1回より大幅バージョンアップした内容になりました。

●景福宮(キョンボックン)を訪ねる

ソウル市街地にありながら前回足を運べなかった景福宮。

秀吉の朝鮮出兵、日本統治時代、朝鮮戦争において、

常に歴史の舞台となってきた場所です。

これまでも何度か見物に来たことがありましたが、初めて解説をじっくり読み、

あらためて景福宮という場所のすごさ・歴史が凝縮されている場所だということを

感じました。

また、景福宮のほとんどの建物はこうした歴史の中で破壊されてしまいましたが、

今大規模な改修・復元工事中です。

昨年・今年と足を足を運んだ独立記念館にもいえることですが、

昨今の韓国の歴史を保存する動きとその投資には驚きます。

そしてそこに日本と韓国の歴史を感じ、日本人として複雑な気持ちになります。

●食と人を訪ねる

今回は広蔵市場(クヮンジャンシジャン)という市場にも足を運びました。

ガイドブックにも載っていますが、現地の人が多く活気のある雰囲気です。

市場は韓国の醍醐味に1つです。

都市部にあっても市場は賑わいを見せています。

八百屋、魚屋、漬物屋、屋台と見ても食べてもおいしい場所です。

そしてこうした場所で屋台で食事をすると必ずコミュニケーションが生まれます。

「何食べる?」「どこから来た?」「これサービスだっ!」・・・。

知らないおっちゃん、おばちゃんとのこうしたやり取りはなかなか面白いです。

韓国を知るには市場は欠かせません。

●韓国の友達とフリーハグ

現地の人と交流しようというミッションに便乗し、

夕食の席に学生時代の韓国人の友達を招きました。

インサドンの脇に入ると「ピマッコル」という路地があります。

友人たちの案内で行きました。

(伝統的な作りの小さな飲み屋が並ぶところですが、

最近は再開発でだいぶ規模が小さくなってしまったようで、残念)

食事をしながら、夏井さん企画のフリーハグについて話したところ、

「たまに変なおっちゃんもいるから気をつけてね」といいながらも、

興味を持ってくれました。

また当日フリーハグをしていたところ、

急遽、留学時代の韓国語の先生も駆けつけてくれる等、

僕の周りの方々の印象は良かったと思います。

韓国ツアーの時期はくしくも、参院選で自民が圧勝した直後。

もちろん韓国の雰囲気も捉えながら、

最低限のツボは抑えて実施する必要があると思いますが、

現地の友達を通して、早速フリーハグのもたらす効果を感じることができました。

(ホンデのショッピング街でのなつきちゃん、夏井さんのスマイルの賜物だと思います)


以上、完全に一部の一部ですが、韓国ツアーの感想です。

僕のような専門家でも何でもない者の案内で、

ご参加の方々を色々とお連れしてしまい恐縮ですが、わざわざ行くからには、

初めて韓国に行く方、何度か行っている方それぞれにとって

意味のある、唯一無二の韓国ツアーになっていればと思います。


歴史の問題について言えば、日本人の想像以上に、韓国の人々の想いは強いと思います。

(よくテレビで見るような過激な報道はまた別物ですが)

そういう意味ではまだまだ日韓には距離を感じます。


一方で、市場の様な場所に行けば、韓国の友達に会えば、

日韓の距離がとても近いことも感じます。

(だてに長い歴史の中で交流し続けた民族じゃないです)

こうした近くて遠い、遠くて近い距離感を掴むために、

BFP韓国ツアーが何かしらの意味を持てればと思っています。

中村

| 韓国訪問レポート | 22:10 | comments(0) | - | pookmark |
韓国の方々と接して、改めて感じた「交流」と「対話」の重要性(神直子)
 これまでBFPが大切だと思って、続けてきた交流と対話。
今回は、他組織との連携の中で、改めてそれを実感できたことが一番の収穫かもしれません。

 昨年初めて韓国ツアーを実施し、今年で2回目となります。
 人数も前回の倍、6名で行く事ができました。プログラム・マネージャーのお陰で、内容も充実し、美味しい韓国料理や昨年体験できなかった屋台でのお食事も堪能でき、本当に良いツアーとなりました。
 今年はツアー後に、国際会議にもBFPとして皆で出席し、さらに学びを深めることが出来ました。

 ツアーのハイライトは幾つかありますが、私は前述した「交流」と「対話」の重要性を実感する場面に限定して、ご報告したいと思います。

●大学生と歴史教育に関する対話をした時の発見
 今回の国際会議初日、韓国人6名と日本人6名がペアになり、対話をするというプログラムが予定されていました。しかも、そのファシリテーターをアメリカ在住のご夫婦がSkypeを通して行うという斬新なもの。どのような流れになるか、当日までドキドキワクワクでしたが、私はペアだった学生さんと本当によいひと時を持つことが出来ました。
 「歴史認識」や「歴史教育」については、なかなか面と向かって話しづらいというのが正直なところです。でも、今回はそれがテーマの場ということもあり、お互い心を開いて最初から対話が出来たように思います。
 お互いに驚いたことは、歴史教育の違い。それも、歴然とした「差」です。
韓国では歴史の授業の他、「近現代史」の授業があるというのです。かたや日本は、近現代史は、受験に出ないというような理由で駆け足で通りすぎていくのが常です。その違い一つとっても、お互い認識が違うのは当然だね、とお互いに驚き、認識するに至りました。
 私自身も、彼女が物心ついた時から、はっきりした記憶はないけれど、誰からともなく日本人の蛮行について聞かされていたという率直な話を聞いた時は少なからずショックを受けました。相手がどう見ているのか、という事を自覚する必要があるということを再認識すると同時に、こちら側も積極的に自分達の状況を伝えていく努力をせねばと感じました。

●BFPの発表後、話しかけてくれた女子大生の言葉
 国際会議では、BFPとして夏井佑来さんと私が発表の機会を頂く事が出来ました。別々の会場での発表でしたので、私が発表させて頂いた時の様子になりますが、オブザーバー参加していた韓国人学生の多くは、BFPの活動に大変興味を示してくださいました。
 質問も多く出ましたし、有難いことに活動を評価する姿勢が多く見受けられました。私自身は発表者の一人でしたので、個々に色々お話をする時間がとれず残念に思っていたのですが、その発表後、数時間経ってから外で私を見つけてくれ、話しかけてきてくれた学生がいました。
・BFPの活動を知って、このような活動があるということを大変驚いたこと
・自分達も、偏見にとらわれず日本のことをもっと知る必要があること
・BFPのような動きが日本にある事を知ってとても頼もしく感じたこと
 そんなことを、熱く語ってくれました。韓国でもメディアの影響等もあって、「日本人といえば、過去の戦争と向き合わず否定する人たち」という凝り固まった認識があるようです。それらを払拭する為にも、毎年の交流は欠かせないと改めて思いました。

●国際会議の最終日に頂いたお手紙
 そして最後に、国際会議の最終日の出来事。学生ボランティアによるパフォーマンスが終わった後、私たちBFPのメンバーに駆け寄ってきて、さっとお手紙を渡してくださった学生がいました。あっという間の出来事で、本人が去った後に「何かな?」と開けてみると中には、丁寧な日本語で書かれたあたたかい言葉が並べられていました。
 彼女は、国際会議の受付を担当していた学生ですが、BFPの活動を見てくれていたようです。
「こんな活動が続けば、過去と現在間のBRIDGEになって、PEACEに導く力になれると思いました」
 これを読んだ女子2人は思わずうるうる。すぐに手紙をくれた学生を探し、改めてお礼の気持ちを伝え、一緒に写真を撮ってもらいました。会議中は、やはり日本政府の姿勢などを非難する声が至るところで聞こえます。知らず知らず緊張していたこともあったでしょう。このような言葉をかけてもらったお陰で、疲れが一気に吹き飛ぶようでした。

 以上、改めて実感した「交流」と「対話」の重要性。
 そこから見えてきたものは、歴史認識の深い溝は、思っている程難しいものではないかもしれないということ。お隣の国であるにも関わらず、やはりまだまだ知らない事がお互いに多いのではないかと感じました。寄り添い、歩みよえる可能性は大いにあると思います。

 勿論、それには日本人自身の姿勢が問われているでしょう。それでもなお、物事は本当はシンプルなのではないか。そう実感した韓国ツアーでした。
| 韓国訪問レポート | 22:04 | comments(0) | - | pookmark |
東アジアの歴史と平和について(甲斐秀水)
●はじめに
 七月になって、韓国のNGO主催の国際会議に誘われましたが、なぜか気のりしませんでした…と申しますのが、戦前、戦中の朝鮮人に対し、日常的な虐待行為を子供(六歳〜十歳)ながらに見聞きし、体にしみこんでいましたので・・・・。しかし その思いは一瞬にして消え去りました。
 韓国を中心に十八か国の皆さんが、明るく活発な意見を交換し、親交を深めていたのを目の当たりにしたからです。

●外国人の見た日本
その一。
 どの国の代表からも、安倍内閣の危険性を訴える発言が多くありました。日本政府はアメリカの発言には直ちに耳を傾けるが、韓国や中国の発言は無視しています。
 例えば 従軍慰安婦の問題では二年が経過しているのに拒否し続けています、韓国では戦後民主化の一環として提案しているのに、安倍内閣やマスコミは(歴史認識を振りかざす韓国)とか(国内問題が行き詰まったので外交問題にすりかえている)など、日本政府とマスコミが一体となって国民に宣伝しています。国民に真実を伝えるのがマスコミの役割なのに。
その二。
 国連の人権委員会で日本の上田人権大使の発言の後、モーリシャス国の人権大使が(日本は中世の人権から一歩も進んでいませんね)と発言すると、上田人権大使が即座に反論、(日本は人権先進国である)と発言すると、そこに参加していた各国の人権大使が大笑い、即座に上田人権大使がシャラップ!と怒鳴ったとか。

(これからは、日本代表の発言)
○高島伸欣(タカシマノブヨシ)の発言
琉球大学名誉教授
その一。
 日本の政治家が無責任なのは、天皇の戦争責任の取り方にあります。
韓国や中国を初めアジア諸国民に多大な損害を与えたのに何の責任も取らない。例えば、二十九年間天皇陛下のためにとジャングルで逃亡生活の末、敗戦を知り帰還した小野田寛郎さんの第一声が天皇陛下はなぜ君臨しているのか?と怒鳴ったとのこと。

その二。
 スピードアップする安倍内閣のファッショ化。安倍政権は、本来のタカ派路線に踏み込み始めました。そこには改憲による自衛隊の国軍化、集団的自衛権の行使の容認、原発再稼働の本格化、TPPの推進、消費税のアップ、中でも教育問題の右傾化は、安倍首相の直属の(教育再生実行会議)を設置し、教育基本法を改悪し、教科書の国定化をはかろうとしています。
 また、教科書検定制度を改悪し、子供に(愛国心の育成)、また従軍慰安婦問題や満州事変の記述は児童に悪影響を及ぼすと、過去の歴史事実を歪める教育を強行しようとしています。

○子供と教科書全国ネット㉑広田克枝さんの発言
大阪市の中学校教師
 いま、私は大阪で中学教師をしています。大阪では橋本市長が、全国に先駆けて、右傾化を進めています。始業式での日の丸の掲揚とか、君が代の合唱の義務化、沖縄の米軍に対して慰安所の提供とか。その他、教師への締め付けを行い 更に右傾化を進めています。

○高野あゆみさんの発言広島中学校教師
 広島に原爆投下を受けて、もはや六十八年が過ぎました。広島では秋葉市長を先頭に原爆の恐ろしさを世界中に訴えています。今年も世界より大勢の人々による追悼式が行われましたが、年々被爆者も老齢化し、少なくなってきました。
 そして唯一の被爆国なのに国連の非核決議に賛成せず、生徒に説明ができません。いま 教育現場では右傾化がひしひしと迫ってきています。

●平和運動の取り組み
日韓過去清算市民会議の皆さん
 いま、日韓で取り組んでいる大きな問題の一つに従軍慰安婦の問題があります。二年前に韓国の裁判所が慰安婦の賠償請求権を、韓国政府が日本政府に対し請求しないのは憲法違反であるという判決を下しました。直ちに韓国政府は日韓基本条約に基づき 日本政府に対し、協議に応じるよう 再三申し入れを行いましたが、日本政府は拒否する不誠実な態度を取り続けています。この件は、条約の中の日韓請求権協定第三条に銘記してあり、明らかに違反するものであります。しかも締結当時の日本の担当官も 次の様な文章を残しています。(日韓の間で対立する見解が生じた場合、双方の努力によって解決するよう。)と条約解説文を付しています。そこで日韓過去精算市民会議のグループは八月に東京で会議を開き、広く日本国民に呼びかけ、そのあと台湾で(一九九一年八月十四日を従軍慰安婦メモリアルデー)と定め国連総会で決議して全世界に広げていく予定です。

●最後にBFPの活動
○夏井佑来さんによる会議での活動報告  
 私は二00八年米国に留学し、韓国学生と初めて交わることができました。当時 わたしは日本と韓国の歴史認識の不足のため、話がかみ合わないことがたびたびありまして、責められることもありました。その後日本に帰りBFPの活動に参加し、私の歴史認識も深まり、昨年九月二十九日、三十日韓国を訪問する機会を得ました。さっそく日本大使館前の従軍慰安婦像や韓国歴史資料館など見学し、私たち日本の若者が教えられていな日本と韓国の過去について勉強する機会を得ました。そして今回BFPの一員として、東アジア歴史と平和国際会議に参加できて感謝しています。おもえば あれから四年、いまは交流のない韓国の友を想い、その決意を示すためにソウルと仁寺洞の駅前で、フリーハグを決行。道行く人々としっかり抱きあい、親交を深めました。
(最後に、各国の青年の意見、質問も十数名にわたり、また夏井さんの報告に対し、たびたび拍手がわきあがり、話を中断する場面もあり、和気あいあいとみんな心が打ちとけている様子で大成功でした。)

○畑江なつきさんの報告/大ホールにて各国の代表の報告とともに
 過去アジア各国に多大な迷惑をおかけしたことをお詫びし、今回四日間のあいだに多くの友達ができました。この会議を企画してくれた方々に感謝いたすとともに、会場の皆さん 今後とも宜しくご指導お願いいたします。

○神直子代表による会議でのBFP紹介発表 
 海外6カ国の発表者の一人として、BFP代表の神が日本での活動内容などを紹介。学生の参加も多い分科会だったこともあり、日本での取り組みについて想像していなかったと驚き、称賛する声が多く聞かれました。日本に対するイメージが変わったという発言もあり、BFPの活動が受け入れられていく様子を目の当たりにしました。

●この会議をふりかえって
 私は報告もなかったので、ビデオを持ち各会場の取材をしました。
おもに三日目の分課会を重点に取材しふりかえってみると、(まず安倍政権の世界の中での孤立)自衛隊の国軍化、憲法九条の改悪、教育の反動化、原発の再稼働、従軍慰安婦問題 どれをとっても反社会的、反国際的であり、なかでも従軍慰安婦問題は国連が決議を間もなく行う事でしょう。いまだに日本政府は 断固拒否の姿勢をまげていません。
 また原発問題でも、放射能汚染は福島沖どころか環太平洋の海を汚染しょうとしています。安倍政権の一部局になりさがったマスコミの態度はゆるせません。福島の小さな町では児童の検査結果がでて、二十四人の児童に甲状腺異常が発生ました。通常では一OO万人に一人か二人と言われているのに、マスコミは、なぜこの重大事件を報道しないのか?
 そしてチェルノブイリに派遣され治療にあたった医師グループが、データを出すように依頼しても出さないとのこと。
 そして会議で、各外国人の声を耳にして、日本国内では聞いた事のない情報を外国人は一杯持っているのに感心しました。わたしは、第二次大戦前事をおもいおこし、当時の日本が孤立し、国際連盟を脱退して 第二次大戦に突入したことが、恐ろしくなりました。
 しかし、現在は今回発表した団体、その他の団体が、確実に平和を探求し平和の輪を広げ、各国と手を取り合って進んでいることに確信を得ました。
 安倍ファッショ政権を包囲するだけの力を十分持っています。

*最後に冒頭にあげた十八か国の国名を記しておきます。
韓国・中国・日本・ノースアイランド・スイス・ドイツ・ブルガリア・カンボジア・カメルーン・インド・インドネシア・マカオ・マレーシア・ミャンマー・フィリピン・ロシア・タイランド・アメリカ・計十八か国。
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