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M.Iさん(学徒出陣・機関銃中隊)
「アジアで唯一の西洋文明を取り入れた国家だったんですよ」
そう、当時のフィリピンを文明人として再評価するIさん。

でも、戦時中は「土民」と呼び、自分が軍隊でぶん殴られている分「フィリピン人を下に見てました」と回想。さらに、生死の境目をさまよっていた時、フィリピン人が勧めた水牛の血を飲むことで生き延びたことがきっかけとなり、フィリピン人への感謝の気持ちが芽生え「人間として初めて見ました」と言います。

戦地で人を殺そうと思ったら「顔が合ってしまったら殺せない」とも分析してくださいました。ここに、戦地で「紳士が鬼になる」ことへの歯止めや、何か手掛かりがありそうだと感じました。

●飯島彩音 M.Iさん訪問レポート
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○理由がわかればうなずける
Iさんのお宅はこれで3度目。
久しぶりにお会いしたIさんは、少しやせていて、でも元気そうでした。Iさんのお話は、とにかく豊富な知識に裏打ちされていて分かりやすい。体験者の方のインタビューをしていると、頭で分かっていても、心では「なんでそういう考え方なんだろう・・・」という悩みを抱くことが多々あるのですが、Iさんとお話しすると、そういう疑問が解決されていくことを感じます。

それはなぜかというと、Iさんは、その考え方にいたる背景を、ミクロにマクロに分析して私たちの前に広げてくれるからでしょう。本当に貴重なお話を聞かせていただけたことに感謝です。

○体験で変わることがある
Iさんのお話の中で印象深かったのは、フィリピンの人への気持ちの変化です。「土民」として当時当たり前のように蔑視していたフィリピンの人への気持ちが変わった出来事。それは、上腕神経痛と脚気にやられて倒れていたIさんに、フィリピンの人が水牛の血を飲ませてあげたというものでした。すっかり元気になったIさんは、その後歩きながら1日中、「なぜ憎いはずの日本人の俺を助けてくれたのか」と自問自答したそうです。
そこから、フィリピン人は同じ人間であり、人間愛に助けられたのだと考えるにいたったIさんは、従来の「土民」のイメージを離れてフィリピンの原住民の方を見られた。そのため、無駄な殺戮をする心にならなかったのだと言われていました。
この話に私は、イメージを超えるには、直接触れてみることがとても大事だということを感じました。現在、歴史認識、個人の立場の違い。人を分断するイメージ、偏見は多くの場所にはびこっています。イメージにとらわれず、それを超えていく力を持つことの重要性を感じました。
それは、戦争体験者/現代の若者という間にもあるものだと思っています。だからこそ、戦争体験者の方に直接あって、相手の心に寄り添える認識をできるようになりたいと思いますし、また、現在を生きるものとしての自分のことを、少しでも分かってもらえたら良いなと思います。
| 取材-学徒出陣 | 14:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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