2010.01.06 Wednesday
言えない気持ち
新しい年になってすぐ、自宅から電車で20分位のところにお住まいの元兵士のYさんを訪ねました。
Yさんは、私が昨年秋に訪問したネグロス島に派遣されていた方です。
昨年末に、読売新聞埼玉版にBFPの活動が掲載されたのをご覧になり、ご連絡くださいました。前にも1度お会いしたことはありましたが、その記事に元兵士の方々の「言えない気持ち」について記者の方が書いてくださっていましたので、そこに反応してくださったようでした。
駅で待ち合わせをし、久しぶりの再会を喜びながら喫茶店へ。
「戦場での話をしても、『また大げさなこと言って…』と言われるのが嫌なんですよね」
そう言って、肩をおとすYさん。前にお会いした時も同じ気持ちを吐露してくださったので、きっと辛い場面に何度も遭われてきたのだと思います。
そんなYさんに、戦場で辛かった話を今回はたくさん聞かせて頂きました。
「夜、行軍していると何かにつまづくんですよね。よく見ると、戦友だったりする。
そういうことが、何回もありましたよ。埋葬してやりたいけど、自分も体力がない。
仕方ないから、笹とかをかぶせて、とりあえず自分は先を急ぎました」
「最後の方は、弾薬、食糧、衣服、靴…何もありませんでした。
戦死者の靴を脱がして、自分ではいたこともありましたよね」
「ある時、戦友が洞穴に落ちてしまったことがありました。体力がないから、
本人も這い上がってこられないし、自分も助けられない。結局、置いていき
ました」
「今だに夢を見ることがあります。
夢の中で、戦友が『嫌だ嫌だ』と、戦地から逃げ出そうとするんです」
「一番辛かったのは、部下が死ぬことでした。
部下が死ぬなら、自分が死んだ方がいいと思うこともありましたよ」
「学徒出陣で行った人、かわいそうだと思ったけど、言えないよね
ましてや、遺族に本当のことなんか言えないですよ。うそを言うしかない。
本当のことを言ったら、生きている自分を責められるから…」
そして、一兵隊は何も出来ない。命令で動くだけ。
仕方ない。しょうがない。という言葉を、幾度となく重ねて話してくださいました。
戦後、フィリピンへ遺骨収集を目的に訪問したこともあったそうです。
「○○くん、来たよー」と大声で叫び、言葉にならなかったそう。
「何回泣いたかわからない」
そう言って、大きな身体とごつい手の持ち主であるYさんは、目を潤ませました。
「すまんという気持ちがあって辛い。
こっちは元気で帰ってきて…。悲しいですよ」
そう話してくださったYさん。戦場の様子を聞き、戦友への思いの丈を聞き、私はほんの少しでも兵士の方の立場や気持ちに寄り添えることが出来るだろうか…と、今も自問しています。
そして、当事者である彼らが仕方ない、しょうがない、と済まそうとしている事に対して、私たちの世代にいったい何が出来るのか。そう考える時間が、私の中ではずっと続いています。
Yさんは、私が昨年秋に訪問したネグロス島に派遣されていた方です。
昨年末に、読売新聞埼玉版にBFPの活動が掲載されたのをご覧になり、ご連絡くださいました。前にも1度お会いしたことはありましたが、その記事に元兵士の方々の「言えない気持ち」について記者の方が書いてくださっていましたので、そこに反応してくださったようでした。
駅で待ち合わせをし、久しぶりの再会を喜びながら喫茶店へ。
「戦場での話をしても、『また大げさなこと言って…』と言われるのが嫌なんですよね」
そう言って、肩をおとすYさん。前にお会いした時も同じ気持ちを吐露してくださったので、きっと辛い場面に何度も遭われてきたのだと思います。
そんなYさんに、戦場で辛かった話を今回はたくさん聞かせて頂きました。
「夜、行軍していると何かにつまづくんですよね。よく見ると、戦友だったりする。
そういうことが、何回もありましたよ。埋葬してやりたいけど、自分も体力がない。
仕方ないから、笹とかをかぶせて、とりあえず自分は先を急ぎました」
「最後の方は、弾薬、食糧、衣服、靴…何もありませんでした。
戦死者の靴を脱がして、自分ではいたこともありましたよね」
「ある時、戦友が洞穴に落ちてしまったことがありました。体力がないから、
本人も這い上がってこられないし、自分も助けられない。結局、置いていき
ました」
「今だに夢を見ることがあります。
夢の中で、戦友が『嫌だ嫌だ』と、戦地から逃げ出そうとするんです」
「一番辛かったのは、部下が死ぬことでした。
部下が死ぬなら、自分が死んだ方がいいと思うこともありましたよ」
「学徒出陣で行った人、かわいそうだと思ったけど、言えないよね
ましてや、遺族に本当のことなんか言えないですよ。うそを言うしかない。
本当のことを言ったら、生きている自分を責められるから…」
そして、一兵隊は何も出来ない。命令で動くだけ。
仕方ない。しょうがない。という言葉を、幾度となく重ねて話してくださいました。
戦後、フィリピンへ遺骨収集を目的に訪問したこともあったそうです。
「○○くん、来たよー」と大声で叫び、言葉にならなかったそう。
「何回泣いたかわからない」
そう言って、大きな身体とごつい手の持ち主であるYさんは、目を潤ませました。
「すまんという気持ちがあって辛い。
こっちは元気で帰ってきて…。悲しいですよ」
そう話してくださったYさん。戦場の様子を聞き、戦友への思いの丈を聞き、私はほんの少しでも兵士の方の立場や気持ちに寄り添えることが出来るだろうか…と、今も自問しています。
そして、当事者である彼らが仕方ない、しょうがない、と済まそうとしている事に対して、私たちの世代にいったい何が出来るのか。そう考える時間が、私の中ではずっと続いています。

