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閉ざされていた想い
「僕はまだ、生きていていいのかなぁ…」
「戦後65年。もう時効なんだろうか」

先日お邪魔した岩手で、ある元日本兵の方から発せられたこの言葉に、私は愕然としてしまいました。

その方は、何百通か送った取材依頼の手紙を受け取ったお一人で、
「なぜ今ごろになって、若い人が過去のことを知りたいのか不思議に思う」とすぐに返信をくださった方でした。こちらからもすぐに連絡を取らせて頂きましたが、
「電話はいいけど、わざわざ来てもらう程のことはない」
と取材は拒否。

仕方なくあきらめ、私はその方の戦友でもある岩手の方を訪ねることにしたのです。
そしたら、戦友に聞いて私の宿泊先に電話をかけ、翌朝駅まで会いに来てくださいました。
次の取材予定を組んでいましたので、ほんの15分程の面会でした。

でも、ただならぬものを感じた私は、予定していた午前中の取材を終えた後、すぐにまた連絡をして、再度駅まで来て頂けるようにお願いしました。私が仕事で夕方関東に戻らなければいけなかったので、2時間だけでしたが、お話を伺う事ができました。

…といっても、
「女性には話せない」

そう言って全てを吐露してくださることはありませんでした。それでも搾り出すように、戦時中のエピソードを幾つか紹介してくださいました。あっという間に2時間が経ち、私が帰宅しようとカメラを片付け始めた時に、その方がおっしゃったのが冒頭の言葉でした。

戦時中のことは家族にも話さず、戦友会にもほとんど顔を出さなかったそうです。

再度訪問する約束をして、私は新幹線に飛び乗りました。
ちょうど雨が降った後だったので、黒い雲の間から夕日が本当に美しく輝いて見えました。
この写真は、その時に車中から撮ったものです。


取材拒否をしていたのに、わざわざ駅まで来てくださった、この方の心のうちが少しでも晴れやかになりますように…と祈らずにはいられませんでした。

その後、話せなかったエピソードも含め、赤裸々に記載したお手紙をくださいました。
今も文通やお電話の交換を続けています。

こうして証言してくださることに、心から感謝したいと思います。
それと同時に、この方のように話せずにいらっしゃる方が、どの位いるのだろうか…とも思いました。

国の命令で派兵されたことを「運命だと思っている」とおっしゃっていました。
戦後世代の私としては、運命だけで済ませてよいとは思えないのです。2度と同じ苦しみを抱える人が現れないよう、出来ることをやっていきたいと考えています。
| 取材-フィリピン戦 | 13:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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