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【取材報告】杉浦銀治さん(報告:大学生・松村由樹)
 大学一年の松村由樹です。8月5日に、東京西八王子にお住まいの杉浦さんのお宅を訪問しました。

●杉浦銀治さんの紹介
大正14年2月25日愛知県で5人兄弟の長男として誕生
昭和19年に19歳で召集される
昭和20年の1月は名古屋で名古屋中部2部隊に所属。その後、釜山、ソウル、北京、南京、安慶と移動。この間わずか2〜3年。

●初年兵教育
名古屋では軍隊のしきたりなど。
安慶では、ほふく前進、敵が来たらどのように対処するべきかなど。また、刺殺訓練を行った。もたもたしていると殴られた。

●刺殺訓連
杉浦さんは一回、ひとりの中国人捕虜をこの訓練で殺してしまったそうです。 芝生をグサッとシャベルで掘った感じという表現が生々しかったです。しかし、命令だからやるしかなかった。このように、簡単に人を殺せてしまうことが、戦争の恐ろしさだと杉浦さんはおっしゃいました。

●現在行っている活動杉浦さんは現在86歳でいらっしゃいますが、世界中で炭焼や植林に力を注いでおります。なぜ、植林なのかというと、戦争の時、多くの日本兵は現地の住民から食料を略奪した過去があるため、その恩返しの気持ちとしておこなっているそうです(自分は訓練中に終戦を迎えたため、住民の食べ物を略奪していないが、同じ時代を生きた者として)。

●戦後時代にメッセージ
海外に行って、どれだけ日本人が悪いことをしてきたのか、またよいことをしてきたのか知ってほしい。

●初めて日本兵に取材して
杉原さんは、自分は運が良い部隊に配属できて、ある程度人間らしい生活が出来たとおっしゃられていました。しかし、自分を戦争の時代を生きた一員として考え、植林活動や炭焼活動をとうしてインドネシアやモンゴルなどに恩返しをしているということに感銘を受けました。
また、杉原さんは、家族には今日のように戦争体験を語ったことはないとおっしゃっていていました。BFPの活動の重要性を感じました。

松村由樹
| 取材-中国戦 | 18:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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