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11月18日取材報告【終戦前後の一ヶ月間を部隊で過ごした元日本兵】
終戦前後の一ヶ月間を部隊で過ごした元日本兵

夏井佑来

1118日(日)横須賀在住の伊豆利彦さんにお話を伺う機会を得ました。当日は、私一人による単独取材となりました。はじめての単独取材で、不慣れな部分もありましたが、過去の同行取材の経験を元に、取材を進めさせて頂きました。


伊豆さんは、大正151110日に福岡県の北九州直方市に生まれました。小学校4年生まで福岡北九州で暮らし、その後東京に引っ越しました。進学された中学校と高等学校時代の思い出について、伊豆さんは教育の観点から次のようにお話してくれました。


まず、中学校ですが、当時の学校には一般に御真影を納める奉安殿があったそうです。しかし、伊豆さんが進学された中学校では、御真影をお断りし、その代わりに毎月明治神宮に参拝に出かけたそうです。また、修身の時間には、論語と孟子を徹底的に読まされたそうです。伊豆さんは、当時受けた教育について、自由主義的なとてもユニークな教育であったと語っていました。


話の中では、ご自身が受けた自由主義的教育に加え、戦争が近づくにつれて、右翼の力が強くなったお話もして下さいました。アメリカの大衆文化の影響を受けた日本では、昭和16年頃まで、ミッキーやポパイなどが人気だったのですが、昭和6年の満州事変を機に、非常時と言われ、非国民・国賊という言葉が使われて、文化運動も厳しく取り締まられるようになり、上からの弾圧が激しくなったそうです。


昭和20525日には、東京の自宅が焼け、お母様のご実家のある福岡に疎開しました。2ヶ月後の720日には、その疎開先に電報にて徴兵の命令が届きました。当時は学生に対するの徴兵猶予がなくなり、当時18歳の伊豆さんも徴兵されました。電報で徴兵命令が来て、2日後、甲府の東部63部隊に入隊されました。この東部63部隊ですが、本隊が満州に行っており、その留守部隊として、東京や山梨の青年を徴集し、第一線に送り出す任務を遂行していたそうです。


伊豆さんが入隊されたころは、甲府市外の兵舎を本土決戦に向けて山中に移転するための作業を行うなど、土方作業を行なっていました。病気のため、兵隊が入浴す る温泉を作る作業隊に派遣され、その作業隊の調理を担当したりしたそうです。伊豆さんは多発性関節ロイマティスという病で方々の関節が痛んだのですが、兵隊を嫌う若者がかかることが多く、戦争が終結すると何時の間にか症状が改善したそうです。


部隊には期日に遅れて入隊したため、軍隊生活について何もわからず、周りの兵士に尋ねても、「知らんよ」の一点張りで何も教えてくれなかったそうです。一 方、同じ部隊にいた朝鮮人や台湾人の兵士たちは同情して、いろいろと助けてくれたそうです。当時のことについて、「当時の自分を助けてくれた朝鮮人や台湾 人の兵士が、私の本当の戦友だと思った」とおっしゃっていました。


終戦の半月ほど前、洗濯場で一人で洗濯していると、薄暗がりにまぎれて近づいた見知らぬ兵隊から、不意に「戦争が終わるぞ」と言われました。それからひたすら戦争が終わるのを待ち続け、815日 を迎え、玉音放送を聞いたので、中にはこれから最後の決戦に立ち上がれと言われたと思った人もいた中で、驚きもなく終戦を受け止められたそうです。終戦後 一ヶ月間部隊にいましたが、当時のことを振り返り、「戦争が終わってから、急に軍隊が変わった」とおっしゃっていました。終戦後には、旧兵舎に戻り、証拠 となるものをすべて消却処分し、物質の片付けに動員されました。一方、部隊では毎晩のように宴会をしていたそうです。


取材の最後に現代の若者へのメッセージを伊豆さんにお願いしたところ、次の言葉を頂きました。


「時代が人間を押し流して行きます。時代に逆らうことも大事だけれど、一人では逆らえません。逆らうというよりも時代に流されながらも、自分をうしなわず、しっかりと自分の考えを持つようにしないと、大変なことになってしまう。時代の流れはゆるやかな時もあれば、激しい時もある。戦後の今の時代は随分ゆるやかだった気がします。苦しかったけれども、ゆるやかであった。今急に流れが早くなって行くようですから、しっかりと腹を据えて勉強して欲しいと思います。」


最後になりますが、今回の取材を通して、戦争に向かう中で今までの当たり前が当たり前でなくなること、戦争が人を変えること、そして我々が戦争についてメディアを通して見てきたものが時に作られたものであり、時に一断片しか表していないことに改めて気づかされました。今後も、戦争体験者の方々のお話を伺い、過去があっての現在を生き、後世の者に胸を張れる未来を作れるように一人の若者として頑張っていきたいと思います。

| 元日本兵インタビュー&交流 | 22:21 | - | - | pookmark |
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