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「これから」―戦後世代の私にできること―(畑江奈つ希)
 6年ぶりの訪韓にやや緊張しつつ迎えた今回の韓国ツアー。 

 歴史を学ぶツアー、そして国際会議に出席するために、BFPのメンバーと共に一週間滞在しました。聞こえる言葉や見える風景は多少違えど、日本に近しい空気が流れる韓国に改めて親近感を覚えました。 隣に位置し古くから関係をもつ韓国と日本ですが、常に良好な関係を保ってきたわけでなく、むしろ現在も大きな溝を感じざるを得ない側面も持ち合わせています。 『なぜなのか』。今回のツアーでは、常にその疑問符を抱きながら、次の世代を担う立場にある一員として過去の歴史とこれからの課題に向き合う時間を持つことができました。 
 今回の滞在では、最初に景福宮を訪れました。1395年建立と古い歴史をもつ景福宮は近代化されたソウルの街の中心に位置し、立派な門構えのお宮は韓国の歴史の重訂さを物語っているようでした。とにかく広大で、復旧の工事の途中でもありました。何百年も昔の歴史を今も尚大きな形として残そうとしている姿に、韓国の方々の自国の歴史を大切にする想いを感じました。 その後、「慰安婦像」を見るため日本大使館前に向かいました。  
 この日本大使館の前には、従軍慰安婦を象徴するひとりの少女の銅像があります。道路を隔て、ひとり椅子に座り、大使館側を向いています。報道では何度も見たことがありましたが、実際にその場に立って見てみると、そこに託されたたくさんの人々の想いに触れているようでした。従軍慰安婦に関して日本政府は他のアジア諸国から批判を受けざるを得ない態度をとりがちですが、こうして今も訴え続けている方々を見ているとその声に耳を傾けずにはいられません。 また、その隣には首相の名が書かれた横断幕が。  
 歴史認識というものにはそれぞれの立場があるものかもしれませんが、事実を事実として認識し受け止めることが、同じ悲劇を繰り返さないために私たち戦後世代にできる最初の一歩になるのではないかと思います。 
 二日目はソウルから新幹線にのり、到着したのが天安牙山。独立博物館を訪問しました。  三日目のメインは、フリーハグ。 弘大という、若者の多いショッピング街に繰り出し、まずはボード作りから。そばにいた私と同じ年代だと思われる男女2人に声をかけ、日韓の国旗を一緒に書いてもらいました。 
 完成したボードを持ち、いざ道端に立って見ると、いろいろな思いが沸いてきました。笑顔でハグをしてくれる人もいれば、こちらを見つつも恐らく照れや戸惑いがあり通り過ぎる人、一瞬目を向けながらも通り過ぎる人、‥立っているだけでも、いろいろな思いや考えを体感できたようでした。もちろん「フリーハグ」ですから、街行く人とハグをすることができることが一番いいかもしれません。ハグをすることでお互いの間にはNo Borderであることを確認できるのかもしれません。が、私は日韓の国旗を一枚に描き、良い関係を築きたいという想いを、ボードをもちつつあの場に立つことで、道行く人に一瞬でも伝えることができたのではないかと思います。さらには、私たちの姿を記憶の片隅に少しでも残してもらい、それが日韓の歴史と現状の関係、あるいはこれからの方向性に少しでも想いをめぐらすきっかけになるかもしれない・・そのことに大きな意味があるんだと思いました。考えるきっかけを作る、というのはBFPのミッションにもありますが、フリーハグでもきっかけづくりができたように思います。 同時に、今回は若者が多い街で行ったためハグをした多くは若い方々でしたが、もう少し年配で戦争体験者であったり、そのひとつ下の世代の方々が私の姿を見たら、何を思うだろうということも考えました。 
 ツアー後半では、国際会議に参加しました。 
 世界各国から研究者、NGO関係者が集い、平和と歴史的和解について議論を持った5日間。私はここで、アジア各国や欧米諸国が日本の歴史認識、そして現政権に対する様々な意見に触れることができました。会議の中で常々感じていたことは、韓国の持つ傷の根深さ、そして日本の過去の歴史と向き合う必要性、そして、各国が日本の“右傾化”をとても危惧しているということ、です。また同時に、私たちの歴史に対する視点や見解には、教育が大きく影響を与えているということも改めて痛感しました。 政治の裏側を垣間見ることもあり、この広い社会の中で平和を作っていくために私にできることなど本当にあるのか・・と考えることもありましたが、この会議に参加し、ツアーで学び、現地の人々と交流を持つことで、今こそ私たち若い世代は歴史を振り返り受け止め、それぞれが未来の形を考えていくときだと強く感じました。私がこのツアーで関わりを持つことができた方々はほんの一部かもしれないけれど、同世代の友人達と交流したなかで分かったことは、私たちは平和の中に生きていきたいという想いを同じにしているということです。過去の事実の中にどんなことがあって、どんなことがなかったのか、全てを知ることは大変なことです。だけど、記憶を抱えて今も生きている方々がいる。同じ過ちを繰り返さないために、その記憶を学び、後世に伝えていきたい。その思いはさらに強く固いものとなりました。 
 会議の中であるドイツの学者の方は、「未来のことをもっと考えて行くべき。その上で傷害になっている過去を考えていくことが大切」とおっしゃっていました。たくさんの戦争体験者の方々の苦しみを、そして犠牲者の方々の痛みを無駄にしないために。そして、次の世代が平和の中に生きられる社会を創るために。私たち戦後世代は未来を前向きに考えて行かなくては、と思いました。ただ、前を向くことと、過去について無知無関心でいることは違う。未来を考えるために、過去をきちんと知っていきたいです。 このツアーでは、これから私に何ができるのだろうということを考えるための多くの材料を得ることができました。そういった意味で、過去の歴史を常に想いをめぐらせつつも、自分の中に未来志向的部分が増えました。過去はやり直すことも消すこともできない、だからせめて限りある記憶を可能な限り記録に残し、後世に伝え、同じ悲劇を繰り返さないこと、よりよい社会を築く努力をしていきたい。 
 BFPの活動を継続していくことが、この想いを行動に移すことにつながると確信しました。戦争体験者はもう80代、90代・・残された時間はそう多くありませんが、ひとつでも多くのメッセージを受け取り、伝えて行こうと思います。 また、ツアーや国際会議では自分の勉強不足さを痛感することもありましたが、中村潤一さんの友人や、国際会議中にルームメイトになった韓国の友人など、同世代と時間を共有することが多くあり、おいしいものを囲んでたわいもない話をしたり、時に歴史的な会話をしたり、そんな時間がとても心に残っています。
   
 日本にいて、テレビの前で領土問題や歴史認識に関する報道などを横目で見ているだけだと、政府の姿勢や国家間の関係が自分の意見のように感じたり、相手国に対してネガティブな印象を持つことは少なくないことかもしれません。しかし、こうして交流を持つことで、実際の市民の人々の認識や意見を知ることができ、自分の考えを伝えることもできる。こうしてひとつひとつの交流を大切に積み重ねてくことが、平和な社会を創るうえで一番大きな土台になるのでは、と思います。
| 韓国訪問レポート | 22:17 | comments(0) | - | pookmark |
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