イベント内容は、BFP設立の原点を記録したドキュメンタリー番組の上映と93歳の元日本兵である池田幸一さんの講演の2本立てでした。参加者は70人を超える大盛況で、BFP10周年を祝う記念すべきイベントになりました。
会場の雰囲気はこんな感じ。お分かりいただけるでしょうか。あちらこちらにBFPを長年支えてきてくださった人々が座っています。
まずは、代表の神直子さんが、初めてフィリピンに訪れた学生時代の映像を上映しました。映像は、2000年に地上波で放送されたNNNドキュメント「フィリピンで変わっちゃった・学生たちの暑い夏」。約50分間の映像です。
青山学院大学、雨宮剛先生の校外実習として、神さんたち学生たちは、戦争に参加したフィリピン人(元USAFFE)や日本軍に家族を殺害されたフィリピン人女性、スモーキーマウンテンで労働する子どもたち、フィリピン人女性を「買う」日本人の男たちを目の当たりにしました。
夫を殺された女性は、「日本人に会いたくなかった。なぜフィリピンに来たんだ!」と涙を流しました。
戦後55年(当時)が経っても癒えない、フィリピン人の傷を目の当たりにした神さんたちは、「見た者としての責任」を感じました。映像にはありませんが、その後、神さんは、加害者として自責の念を抱え続けたまま亡くなった元日本兵の存在を知り、BFP設立となるわけです。
個人的な感想を挟みますと、映像自体は10数年前の物ですが、今見ても、平和とは何か、今を生きている私たちはいったい何をすべきなのか、ということを深く考えさせてくれる映像でした。
若き日の神直子さんたちが、様々な局面に対して、葛藤する姿も出てきます。BFP設立から10年が経ちますが、このような葛藤を抱え続けることを忘れてはいけないのだ、ということを示唆するような内容でした。
映像が終わると、「平和の道を目指したきっかけ」を問う質問を会場に投げかけました。急な質問にも関わらず、答えてくださった方々、どうもありがとうございました。
次に、代表、神直子さんの挨拶です。
BFPが掲げる「過去の戦争を知り、未来のかたちを考えるきっかけをつくる」というミッションの下、学校に行こうプロジェクトを始めワークショップ授業に今後も力を入れて行く方針を話しました。
また、神さんは当初イベントに参加する予定だったフィリピン人のアレックスさん(80歳)が来られなくなってしまったことを報告。アレックスさんは、11歳のときに父親を日本軍に連行され、銃剣で刺殺された経験を持つ方です。
神さんの言葉をまとめると、
キャンセルの理由はいろいろあるけれど、根本には、まだまだ日本側の受け入れ環境が整っていないのが大きいのではないか。つまり、日本の歴史認識や理解が、まだまだフィリピンのそれに追いついていないため、BFPは今後もその差を埋めるブリッジとしての役割を担い続けて行く必要性がある、とのことでした。
続いて、今年93歳になられた池田幸一さんのお話です。講演のタイトルは「岐路に立つ日本」。
1926(大正15)年に京都で生まれた池田さんは、1942年ごろから仕事の関係で満州に渡ります。終戦間近の45年8月1日に緊急招集で入隊するも、ソ連軍の捕虜となり、シベリヤ抑留を経験しました。
そんな戦争体験をお持ちの池田さんがこの日、「遺言」として強調したのは、今の日本が、日中戦争の発端といわれる盧溝橋事件(1937年7月7日)当時のようだ、ということでした。「もし国民に正しい知識や情報があったならば、その後の戦線拡大はなかったかもしれない」。それが、今の日本に通じるということです。「現在は、言論統制と言える状況で、正しい情報や知識を手にすることが難しい」と日本社会が抱える大きな問題を指摘しました。
また、「日本国民の誓いである『二度と戦争をしない』で『周辺諸国と協力する』というこの2つに、今の安倍政権は真っ向から反対している」と池田さんは怒りをあらわにしました。
戦争を体験した池田さんだからこそ、語れる平和論に、参加者の方々はみな真剣なまなざしで耳を傾けていました。
最後に、会場の皆さんに「オープンマイク」として1人3分の時間で、自由にお話していただきました。約10人の方が、平和に対する思いやイベントの感想などを話してくださいました。
「もっとも若い少年兵(=最後の少年兵)」と自己紹介するのは、池田さんと同じく、シベリヤ抑留を経験した猪熊得朗さん。3分でまとめるには、猪熊さんにはもったいなかったでしたね。
最後に、神直子さんが挨拶をしてイベントを締めくくりました。
まさしく、10周年にふさわしいイベントになりました。
ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました。司会や受付、ゲスト対応など、当日のお手伝いで立ち回ったBFPメンバーのみなさん(僕も入っていますが。笑)、お疲れ様でした。
残念ながらご参加いただけなかった皆様、次は20周年でお会いいたしましょう。それまで待てない!という方、終戦70周年の記念企画を来年やるかも?です。神さん、そこらへんはどうなんでしょう?
いずれにせよ、今後ともBFPをよろしくお願い申し上げます。
この報告は、イベント当日のパソコン操作と音響を担当した篠塚辰徳がお送りいたしました。