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9/2(日)BFP東京 【被爆証言から核廃絶へ】 三宅信雄さん、小谷孝子さんをお招きして

台風が近づき、お天気が心配でしたが、たくさんの方々が参加してくださり、

小谷さんと三宅さんのお話しに聴き入りました。
学校で、あるいは新聞、TVでの報道を通して、よく知っていると思い込んでいた 「原爆被害」が実は表層的なもので、本当の意味でわかってはいなかったのでは・・ という気づきと同時に体験者の肉声を通して、心を揺さぶられる体験になった ように感じました。 また、今回は被爆者団体の方々の参加もあり、良い交流の機会と なりました。


参加者の皆さまの感想を紹介しながらの報告です。

■被爆者の方から直接、お話を聞く機会はこれまで全くなかったので、 今日本当に貴重なお話を聞くことが出来て良かったです。今後聞いたお話を 考えていきたいと思います。ありがとうございました。(上田汐さん・大学生)

 

 

■まず、小谷さんとアッちゃん(腹話術人形の敦君=3歳で亡くなった弟さん)には、 すべて忘れて引き込まれてしまいました。ついで母上までを亡くされながら、 腹話術を習い、それで被爆体験を子供たちに伝えなさいという教会牧師の アドヴァイスをご自身のミッションとして語り部をなさる小谷さん。 優しく暖かく愛情がにじみ出る語り口。 心のこもる短い素直な表現で受け止めるアッちゃん。誰を非難も批判もせず、 核兵器のむごさが伝わりました。(伊吹由歌子さん)

 

 

■三宅さんは16歳で被爆されたので、お話はさらに具体的でした。世界の核兵器や 原発の状況についても話され、考えさせられるものでした。 とりわけ印象的だったのは小谷さんの、「人間はいなくなってしまうけれど、 物は残る。原爆ドームや被爆ピアノなどは残る。残った物を大切にしていって ほしい」という言葉。そして三宅さんが昨年核兵器禁止条約ができたことに 関連して言われた、「核は必要悪だと言う人がいる。でも価値観というものは 変わるもの。女性の参政権も、数十年前まではないのが当たり前だった」という 言葉でした。この言葉には本当に、はっとさせられました。 そう、価値観は変わるし、少しずつ変えていかなければいけない。そして、 その一歩は、まず知ること、聞くことなのではないかと思いました。 (高川邦子さん)

 

 

■三宅さんは、原爆を忘れたく東京で大学を出て就職、企業戦士としての30余年の人生。 その後50歳代から、語り部をはじめたこと。ピースポートの「おりづるプロジェクト、 証言の航海」で世界中を回り、被曝体験を話してきたことを話されました。 また「私たちは中国など他国の方に話す場合は、まず日本の加害から始めます」 とおっしゃったのがとても心に残りました。(伊吹由歌子さん)

 

★ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました! (斉藤由美子)

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