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東京ワークショップ ”記憶を失って生きた6歳スペイン少女のその後”(1945 フィリピン・マニラ戦)

10月21日(日)の午後、専修大学・神田キャンパスでBFP東京の

ワークショップを開催、

スタッフを含めて10人が参加、貴重な学習の機会となりました。


2018年は日本とスペインの外交関係樹立150周年にあたるそうですが、

第二次世界大戦の中立国スペインの人びとがアジア太平洋戦争で被害を受けた

ことは知られていません。

被害の多くは1945年2月3日から一カ月にわたったフィリピン・マニラ戦による

もので、なかでも数名の日本兵による在マニラ・スペイン総領事館襲撃事件は、

スペインがその直ぐあとに日本との国交を断絶する主要な要因となりました。

このとき総領事館に避難していた数十名のうちただ一人生き残った六歳の少女、

アナ・アギレーリャ・リョンク(Ana Aguilella Llonch)さんをスペイン・

バルセロナに訪ね、聞きとりを重ねながら交流を続けてきた一橋大学大学院の

荒沢千賀子さんに、お話しいただきました。

 

 

荒沢さんは膨大な外交資料や調査資料を駆使して説明、

アナさんは6歳で家族全員を殺害され、自身も16カ所も傷を受け、

あやうく命を落とすところでした。この過酷な体験は心的外傷後

ストレス性記憶喪失を引き起こしました。

後半は現在のアナさんとの聞き取りや交流の様子をビデオで紹介。

記憶を失って生きたアナさんを語る荒沢さんの話に深く心を打たれ

ました。

 

 

【参加者の感想】

●少人数で中身の濃い意見交換ができ、大変有意義でした(上丸さん)

●とても幅広い内容のお話しでした。何より、最初は日本人に会うことを

 ためらっていたアナさんと友情をはぐくんでいったことに感銘しました。

 聞き取りの姿勢など、学ぶことの多い講演でした(高川さん)

●マニラ市街戦の中でのスペイン総領事館襲撃事件そのものについて

 全く知らなかったので、今回のお話しは示唆に富むものでした。

 外交資料の緻密な調査にも驚かされました。日本の戦争の加害責任は

 50年代にはもうこんなになおざりにされてきたのかと思うと、BFPが

 取り組んでいる問題は根が深いなと改めて思いました。

 また、日本軍のフィリピンにおける残虐行為は、フィリピン人との問題

 だけでなく、スペインという広範にわたる問題でもあることを感じ、加害

 責任を考えるうえでもっと焦点をあてていくべきエリアがあるのでは

 ないかと考えさせられました。

 さらに、荒沢さんの「人と人として」話を聞き届ようとする姿勢には

 学ぶものがたくさんありました。トラウマや経験や記憶を「聞く」そして

 「受け止める」ことの中で、私も戸惑いながら苦しみながらやってきました。

 お話しを聞いて、改めて、自分のその迷いやためらいときちんと向き合って

 記憶を継承することの難しさを引き受けていきたいと、思いました(金子さん)

 

*今回も長谷川さんには会場をお借りし、大変お世話になりました、

 ありがとうございました!(まとめ 斉藤由美子)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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