NPO法人ブリッジ・フォー・ピース(BFP)の公式blogです。
ここに記載される会員もしくは参加者の見方や考え方は、必ずしもBFPを代表するものではありません。
個人の自由な想いを尊重して運営しています。
Copyright(C) 2005-2015 Bridge for Peace All rights reserved.

<< 平和教育ファシリテーター養成を始めます! | main | BFPフィリピン・ツアーに参加して(刀川和也) >>
Bridge For Peace, Bridge For Smile (佐々木苺乃)
 今回のこのツアーには神直子さんからお声がけいただき、軽い気持ちで参加を決めました。恥ずかしながらフィリピンで日本軍によるこれほどの虐殺があったことも知らず、何の知識もないままでの参加でした。

 参加を決めた後でそれまで全く忘れていた今は亡き祖母の弟のことを思い出しました。私は京都に住んでいた彼を”京都のおじさん“と呼んでいました。
 京都のおじさんは毎年私の家に遊びに来て、来ると必ずフィリピン(確かルソン島?)で米軍の捕虜になって過ごしたことを話してくれました。いつも優しい笑顔の人だけれどその話をする時だけは何か遠くを見るような目をしていました。
“米軍はよくしてくれた。寝るところ、食べる物も不自由なかった” といつも同じ話でした。  しかし彼が捕虜となる前にいったいフィリピンでどのようなことをしていたのかは聞いた記憶がありません。もしかしたら京都のおじさんが話せなかった事実を知ってほしい、とあの世から私の背中を押してくれたのかもしれません。

 初めて踏むフィリピンの土は不思議としっくりと身体に馴染む感じでした。お天気も良かったし心地よい風が吹く中、心も身体もじわーっと気持ちよくなっていきました。何よりも私を驚かせ心を明るく照らしてくれたのはフィリピンの方たちの素敵な笑顔です。過去にこれほどのひどい経験をしてきても私たち日本人にこんな笑顔を向けてくれる。この国の人たちはいったいどんな人たちなのだろう?と思わずにはいられませんでした。

 マニラ市街戦で生き残られた Emilio さんやリパ市にお住まいの Alex さんたちのお話しをお聞きし、MEMORARE MANILA の式典に参加して神直子さんの素晴らしいスピーチを聞きました。またマニラ市の虐殺現場となった建物、教会を訪れ、周辺の散策をしました。建物が爆破されたときには血と肉塊があたりに飛び散ったいうことを知りました。こんなに穏やかな雰囲気の場所でそんなことが起きたなんて想像もしていませんでした。  
恐ろしい虐殺のその時を思い浮かべると、どうしても湧いてきてしまう疑問がありました。 ある方に尋ねました。
「フィリピンの方たちはほぼ95%以上の方が敬虔なクリスチャンということですが、これだけのひどい目に合って神に疑問を投げかけたり、恨んだりすることはしなかったのでしょうか」、 と。  その方の答えに私ははっとしました。彼らの神に対する信仰とはそんなに浅いものではない。もっと深いところにあるものだ。亡くなられた方たちの魂がどれほど尊いものだったか、私は心に深く刻みました。


人間は何と愚かなのでしょう。 ずっとそのことが頭を離れずにいます。 こういったことが今も世界中で繰り返し起きているのはなぜだろう、その根底にあるものは何?

 フィリピンの方の悲しみは想像するしかないけれど、共有させていただくことで、彼らの気持ちに思いを寄せ、どちらか一方だけでなくお互いの心の氷を解かすことができるということを Bridge For Peace のみなさんの活動が物語っていると思います。



「僕が戦争を止めるよ!」と銃口をふさぐ勇者


 式典のあと午後からはマニラ市の郊外にある児童養護施設を訪問させていただきました。施設、と聞いて想像していたところとはまるで別の楽園のようなところでした。建物も化学的な材料を一切使わない子供たちの心身を気遣った素敵な建築で、中庭や運動場、噴水まである自然に融合した美しい施設でした。
 養護施設と言っても日本のそれとは少し違って、ストリートチルドレンだった子どもや、虐待を受けた子どもたちのシェルターでもあり、彼らが傷ついた心を癒し、自立していくための教育を受けられる素晴らしい施設でした。
 この場所を支援するアリエールさんは日本に留学経験がありとても流暢な日本語で施設を案内してくれました。
これだけのものを作り上げるのに 10 年という時間と日本円にして億単位のお金が必要でしたが、アリエールさんの信念と情熱に資金提供や快く手伝ってくれる人が現れたと言います。一人の方の情熱でここまでできるのか、と驚き、深い感銘を受けました。
 何よりもアリエールさんご自身がとびっきりの笑顔で、子供たちと一緒にいるのが楽しくて仕方ない、とおっしゃっていたのが印象的でした。



 彼は「信頼」を築くことの大切さ、そして怖れないことの大切さを話してくれました。フィリピンの方たちの虐殺が日本兵たちによってされる前には日本兵とフィリピンの人たちは結構仲よくしていた、と聞きました。フィリピンの方たちは日本人を信頼してくれていたのにそれを裏切った日本人。
 信頼を裏切られた側の国の人から何よりも信頼、と聞き、なんとも言えない気持ちになりました。また涙があふれてしまう私。そんな私を見て、アリエールさんは私の顔をじっと見つめ、心の中をすっと見透かす感じで一言「あなたの中には怖れがあるね。怖れないで。」と言いました。
 人は怖れがあると自分を守ろうとして相手を傷つけることがよくあります。攻撃は最大の防御だから。人の目を気にし、行動しなくなっていた私は恥ずかしい気持ちでいっぱい になりました。
 こういった縮んでしまう気持ちが対外的に反発を生んだり、逆に暴力を生んだりすることにつながるのかもしれません。その積み重ねがやがて暴力、暴力の最大なものが戦争につながるのかも。そう考えたらアリエールさんの施設は平和への Bridge でもあるのですね。
 ツアーに誘ってくださった神直子さん、浅井さん、同行された他の方々は皆さん勇気をもって人に伝え、行動していらっしゃる方ばかりでした。  私も微力ながら伝え、そして行動していこう、怖れることなく。

 Bridge For Peace の活動は単に戦争と平和のことを考えるだけにとどまらず、人の生き方を問うことにまでつながる素晴らしいものだと思います。
 心温まる経験をたくさんさせていただけたのも、Bridge For Peace が地道な活動を重ねてこられフィリピンの方たちの信頼を得られたからこそだと感謝いたします。
 
人と人の架け橋、人と自然との懸け橋、異なる文化と文化の懸け橋、一人の人の心が他の人の心につながって一人が変わり、また他の人に伝えていく。Bridge For Peace, Bridge For Smile…
 
 旅の終わりにもプレゼントがありました。 空港で飛行機の待ち時間にロビーを歩いていると そこで働いている女性とふと眼が合いました。彼女はニコッと私に笑顔をしてくれました。 思わず私もにこっと笑うと、なんとその女性は 「Thank you for your smile」 と私に言うのです。びっくりしました。 そんな言葉言われたこともなければ、自分も言ったことがありません。 素敵でした。恩送り、という言葉を思い出しました。
 

最後に再度、素晴らしい宝物を下さった BFP の神直子さん、ご主人の浅井さん、トシくんツアーに同行された皆さまに感謝申し上げます。そしてこれからも皆様とつながって何かできればと思います。 ありがとうございます。
| フィリピン訪問レポート | 14:08 | comments(0) | - | pookmark |
コメント
コメントする









CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< March 2020 >>
LINKS
RECOMMEND
私たちが戦後の責任を受けとめる30の視点
私たちが戦後の責任を受けとめる30の視点 (JUGEMレビュー »)

BFPとしても2章書かせて頂いています。ご覧頂けると嬉しいです。
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
PROFILE