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20年の節目だからこそ感じられた事と、得られた3つの収穫(神直子)
 今年のBFPフィリピン・ツアーは、初訪問から20年という節目の年でもあり、特別な思いをもって決行しました。直前には訪問予定地近くのタール火山が噴火し、その後コロナウィルスが世界的に広がり始めたので心配もありましたが、思い切って行って良かった、と心から思えるツアーとなりました。このような状況下にあっても行くことを決断してくださった伊吹由歌子さん、佐々木苺乃さん、刀川和也さん、渡辺洋介さん、現地で合流してくださった方々、そして私の家族二人。皆さんが同行してくださったからこそ、現地の方々にBFPの想いや活動を的確に伝えられるツアーになりました。
 本当にありがとうございました。

 まずは、20年という節目だからこそ感じたことを、記録に留めておきたいと思います。

 20年という月日が流れた事により、学生で経験の浅かった自分から、社会人になり様々な仕事や苦難を体験し、そして母親になるという大きな変化がありました。それは20年前に出会った方々も同様で、まだ小さかった私のホームステイ先の子供たちも結婚をして母になったり、山村で暮らしていた少女が今は中東のサウジアラビアで仕事をしていたりと大きな変化があることを今年に入って知りました。


 また、学生時代の初訪問時に通訳としてツアーに同行していたフィリピン人のアリエルさんから
「直子が戦争被害者の話を聞いて泣いているのを見て、この子は将来きっと何か行動に起こすなと思っていたよ。それがBFPに繋がったと知ったとき、やっぱり!と思ったんだよ」
と、20年経って胸の内を明かしてくださいました。昔の自分を知っている人がいるというのは、それだけで何だか心強く感じるものです。そんな風に思ってくださっていたんだと嬉しくなりました。

 そして今回20年という時を経て、当時私たちの目の前で号泣された、元市長のエミリオさんを訪問しました。学生だった私たちは、訪問先で市長室を表敬訪問するのが常でした。過去の戦争のことを学びにきたと自己紹介する私たちの話を聴きながら、突然大粒の涙を流し始めたのがエミリオさんでした。泣き止んで話し始められたのは、あまりにも悲惨な戦争の話でした。マニラ市街戦に巻き込まれ、目の前で父親が日本兵によって銃剣で刺殺されたこと。父親が覆いかぶさって自分を守ってくれたが、父親の血が自分の身体にしたたり落ちてきたこと。あと数センチの差で、自分も刺されていたかもしれない状況だったこと。一緒に涙を流しながら、お話を聴かせて頂くのが精一杯でした。

 当時の話を振り返りながら、エミリオさんは今回こうおっしゃいました。
「学生の君たちが、謝罪してくれた初めての日本人だったんだ」
「驚いたよ。事前に先生から訪問の手紙を受け取っていたけれど、感情を抑えられなくなったんだ」
「君たちの中から、政府の役人になって関係性を変える日が来るかもしれない。そう思えたよ」 
 そしてBFPを始めたことを評価してくださいました。


 年月を経て再会でき、昔のことを共有できる人達がいるということは、なんと豊かなことだろうと心底思いました。そういう意味でも年齢を重ねることの素晴らしさを実感するツアーでもありました。

 次に、得られた収穫について、振り返ってみたいと思います。第一に挙げられるのは、今回の旅の目的でもあった慰霊碑建立の進展です。第二は、多世代でツアーが実現できたことです。そして最後に挙げたいのは、繰り返しになってしまいますが、悪条件にも拘らず参加してくださった会員の皆様の参加についてです。

 まず、慰霊碑建立の進展についてですが、経緯の詳細はこちらをご覧頂けたらと思いますが、1945年2月にスパイ容疑をかけられた男性が、日本兵によって早朝に集められ、井戸の前で銃剣により刺突されそのまま井戸に放り込まれるという残酷な事件が起きました。その井戸の現場に墓標などなく、風化が危惧されている状況でした。そこで2016年に寄付を募り、お金を遺族に託すことでその設立状況を見守ってきました。しかし、井戸のある土地の権利関係などがややこしく、難航。その後、町役場に建てる案や、学校脇に建てる案が浮上しては、消えていきました。BFPとしてはお金を託している以上何とか建立に辿り付いてほしいと願うものの、日本人主導ではうまくゆかないのは目に見えているので、毎年訪問する度に状況確認に行き、遺族でもあるアレックス・マラリットさんに頼るしか方法はありませんでした。そんな中、迎えた今回の訪問。

 設置予定地である学校を訪ね、校長室に招き入れられ、具体的な場所を提示されました。そこは校門に入った処で、通学する子供たちが必ず見る場所です。ここならば、次世代に継承する意味でも素晴らしい意味をもつのではないかと感じました。アレックスさんも、 「なかなか進まないけれど、今回は一歩前進だと思うよ」 と前向きな感想を述べておられました。実現までもう少しのところまで、来たのかなと思います。晴れて設置された日には、設置費用を寄付してくださった皆様もご招待し、ぜひ大勢で訪問したいと考えています。

 次に、多世代でツアーを実現できたことが、収穫の一つに挙げられます。息子は4歳の時に初めて一緒にフィリピンを訪れており、今回は6歳になった彼にとって3度目のフィリピン訪問でした。少し大きくなったことで、これまで以上に状況把握ができるようになってきたと感じました。
 アレックスさんのお父様が眠る井戸にお参りに行った時、アレックスを含めて大人たちが神妙な面持ちになったのを見て何が起きたのかを聞いてきました。戦争で日本兵によってたくさんの人が殺され、アレックスのお父様がここに眠っていることをできるだけ分かりやすく話しました。
すると、
「なんでお墓なのに名前がないの?」
と尋ねてきました。
 それは、まさに私が初めてこの場を訪れた時に思ったことと全く同じことでした。息子が行ったことのある先祖のお墓には、必ず墓標があり、そこで遺族が手を合わせます。アレックスのお父様が眠る井戸には名前がないどころか、草が覆い茂っていて、死者を弔うには悲しすぎる環境にあります。だからこそ、前述の慰霊碑設置をBFPから提案させて頂いた背景がありました。
そして、
「お菓子を持ってくればよかった」
と言って、手にもっていたペットボトルの蓋をあけ、井戸にお水をあげていました。


 そして我が子だけではなく、なんと今回はアレックスさんの息子さんも、ツアーの一部に同行してくださるという嬉しい出来事がありました。アメリカの大学に通う息子さんは、当初帰国予定だったのですが、タール火山の噴火やコロナウィルスなど様々な要素が重なって、一人で暮らす父親を残す不安からか、フィリピンに残る決断をしていたのでお会いすることができました。井戸にも一緒に行ったのですが、聞けば訪ねるのは初めてとのことでした。彼にとったら、おじい様が殺された現場ということになります。高齢のアレックスさんに何かあったら、誰とこのプロジェクトを進めていけばいいだろうかと危惧していた私にとって、このタイミングで息子さんとお会いできたことは本当に幸運な事だと感じました。このように、当事者世代から、子供世代にBFPの活動が伝わっていった初めてのツアーになったと感じました。

 そして、三つ目にあげられる収穫は、会員の皆さまの参加です。毎回思うことでもあるのですが、もし私が一人でフィリピンに毎年行っていたとしても、現地の方々は活動の広がりを感じてくださることはないでしょう。毎年のように訪問するBFPが、新しいメンバーと、又は懐かしいメンバーでフィリピンに行く。このことがもたらす効果はとても大きなことであると感じています。

 活動を始めて、ある程度の月日が経ってから
「BFPの人たちは、毎年フィリピンを訪問してくれている」
とフィリピン人が別のフィリピン人に紹介してくださるようになりました。ああ、彼らは私たちの本気度をみていたんだ。そう感じました。

そしてある時は
「直子もきっと、子供ができたら活動をやめちゃうんでしょう?」
そうフィリピン人に聞かれたこともありました。そんなことはないと、すぐ否定しましたが、確かに自分のその後の状況が読めなかったので、そう聞かれたことに驚いた記憶があります。でも最終的には理解あるパートナーのお陰で、活動をやめるどころか、子連れで活動を継続している自分がいます。特に今回は、マニラ市街戦の追悼式典で私がスピーチした後、私をエスコートするように迎えに来てくれた息子の姿がありました。その光景を見たフィリピンの方々から、
「きっと彼は活動を継承してくれるわね」
と笑顔で話しかけられました。もちろん、彼の将来は彼が決めること。たとえそうならなかったとしても致し方ないことですが、少なくともそういう印象を持って頂けたことは、彼に同行してもらったことに大きな意味があったんだと感じ、嬉しく思いました。ツアー参加者の方々もあたたかく息子の存在を受け入れてくださり、本当にありがたく思いました。

 一人ではなし得ないことを、皆さまと一緒に育んできた年月を、改めて感じることのできたツアーとなりました。今回ここでは述べませんが、新たな訪問先で素晴らしい体験もしました。次回以降のツアーでは、毎回訪問しようと決意したほど、インスピレーションの得られる素敵な場所。他の方のレポートにあるので、今回はぜひそちらをご覧頂けたらと思います。

 多くの収穫があったことをご報告し、レポートを終わりにしたいと思います。ツアーの成功、安全を祈念してくださっていた皆さまも、本当にありがとうございました。
| フィリピン訪問レポート | 21:45 | comments(0) | - | pookmark |
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