NPO法人ブリッジ・フォー・ピース(BFP)の公式blogです。
ここに記載される会員もしくは参加者の見方や考え方は、必ずしもBFPを代表するものではありません。
個人の自由な想いを尊重して運営しています。
Copyright(C) 2005-2015 Bridge for Peace All rights reserved.

<< サンイシロでの聞き取り調査◆ICANのご協力を頂きました− | main | サンイシロという山岳地帯で、お話を聞かせて頂きました! >>
サンイシロでの聞き取り調査 ICANのご協力を頂きました−
bfp1
*左の女性LUCIO SAN JOSEさん、71歳。
*右の男性TINANG SAN JOSEさん、71歳(推定年齢)。

 このご夫婦は、この山岳地帯で戦争を体験された方々ではありませんが、サンイシロより南のケソン市での体験を、別々にお話してくださいました。特に、夫人は話している途中で当時のことを思い出し、「これ以上話せない」と口をつぐんでしまう場面もありました。両者にとって思い出したくない辛い体験を、日本人である私に話してくださったことは、本当に貴重なことだと改めて感じています。

●LUCIO SAN JOSEさん、71歳
 「いつも走って、逃げて、隠れていたのを覚えています」。
そう切り出した妻のLUCIO さん。洗濯をしている時に日本兵が急に現れ、「殺される」と夢中で逃げたこともありました。食事の用意さえ、ままならなかったと言います。煙が出ると日本兵に存在がばれてしまうので、調理は見つからないよう夜に行うのが暗黙の了解でした。
 「だから、いつもお腹が空いていました」。
戦時中の為、食糧自体が不足し、日本兵にとっておいた食べ物を取られたこともあると言います。
 そんな逃避行の日々の中、彼女は父親を亡くします。家族で日本兵から逃げている時、事故で亡くなってしまったそうです。無我夢中で逃げ切った直後、父親がいないと気付いて来た道を戻ってみると、無残な姿で息を引き取っていました。それ以来、彼女が家族の責任を負う立場になりました。母親も、戦時中は何とか生き抜いたものの、戦後すぐ亡くなってしまったそうです。
 
 日常的に辛い経験をしていたと見受けられるLUCIOさんですが、最も怯えていたことは、日本兵にレイプされること。独身女性と分かると連行されることが常だったので、日本兵に見つかった時は子供を抱え、連れて行かれぬようごまかし通したと言います。
 「抵抗は出来ない。拒否すれば銃剣で殺されました。男性も連行されていく女性を助けることは出来ないのです。助けることは死を意味しましたから」

 1年位続いた日本兵の占領の中、日本兵が人肉を食べる場面にも遭遇したというLUCIOさん。その話の後、当時を思い出してしまった様子で、彼女が再び口を開いて語ってくださることはありませんでした。フィリピン人女性の足を日本兵が食べているところを、木陰から目撃してしまったというのです。
「思い出してしまった。本当にひどかった。二度と若い人に同じことを経験してほしくないと思っています」
 
●TINANG SAN JOSEさん
 続いて夫のTINANGさんにお話して頂きましたが、同様に生々しい逃避行の様子が語られました。1〜2ヶ月にわたりゲリラだった父親と一緒に、ゲリラ仲間を含む総勢25名くらいで逃げ惑っていたそうです。同伴者が日本兵に殺されたり、逃げ遅れてしまったり、餓死してしまった方もいたそうです。

日本兵の方にお話を聞かせて頂くと、「ゲリラか一般人か全く区別がつかなかった」という話をよく耳にします。TINANGさんのように、ゲリラと一緒に行動していた一般人も多かったのだと思います。また、彼のように父親がゲリラの場合、子どもであっても共に行動したり、時には共に攻撃に出ることもあったのかもしれません。フィリピンの方からは「明らかに子どもと分かるような人も無差別に殺した日本兵はひどい!」とよく指摘を受けますが、日本兵からすると、いつ自分が殺られるか分からない状況で行動を共にしている集団の中で、区別がつけづらかったというのはこのような事情にもよるものではないかと考えさせられました。

父親と最後まで一緒に逃げていたTINANGさんは、終戦から2ヶ月後にようやく戦争が終わったことを知らされ、無事生き延びることができました。当時を振り返り、「子ども達に体験してほしくない。日本兵たちも後悔しているに違いない」と話してくださいました。戦後、30年以上経ってからサンイシロに移住し、今に至るそうです。
| フィリピン訪問レポート | 11:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://blog.bridgeforpeace.jp/trackback/490153
トラックバック
CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>
LINKS
RECOMMEND
私たちが戦後の責任を受けとめる30の視点
私たちが戦後の責任を受けとめる30の視点 (JUGEMレビュー »)

BFPとしても2章書かせて頂いています。ご覧頂けると嬉しいです。
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
PROFILE