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寺嶋芳彦氏を訪問-大学生の訪問レポート
terashima2.17
数年前からお付き合いさせて頂いている元日本兵に、寺嶋芳彦さんがいます。寺嶋さんは、戦後フィリピンへ遺骨収集へ出かけたり(ナントこれまで300回超!)、問合せが尽きない遺族への情報提供をされたり、昨年もテレビ出演されるなど、未だに元気いっぱいの87歳です。17歳の時から海軍として、フィリピンを含む様々な国での戦争を体験された方です。

その寺嶋さんが今思うこと…それは、「戦争体験者は、体験したことを言わなあかん!」ということでした。なぜ事実を話せないのか、なぜ歪曲した情報を流すのか。その背景も含め、色々とお話をしてくださいました。

今日は4名で訪問。
貴重なお話なので、毎回数名でお邪魔しています。今回同行してくれた、大学生の飯島彩音さんが訪問レポートを書いてくださいましたので、ぜひご一読ください。
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●私が受けた、寺嶋さんの印象 
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 今回で私が戦争の話を聞きに行くのは3回目…行くたびに驚かされるのは、部屋中に収められている、戦争に関する本や、ご自身で集められたファイル。今日お話を聞かせていただいた寺嶋芳彦さんの部屋にも、きれいにファイルされ、整理された資料、写真、本が所狭しと並べてある上に、壁にはアキノ大統領などご自身の活動の中でつながっていった著名人との写真が飾られていました。
 大切そうに保管されているそれらの戦争資料を見ると、いつも考えることがあります。もともと几帳面な方だから、自身の経験した戦争について問い続け、資料を集め続けるのか。それとも、自身の経験がなんだったのかを問うからこそ、驚くほど多くの資料を精力的に集めてきたのか。
いずれにせよ、このような方々が見つめ続けてきた戦争を、世代を超えて聞いていくことの重要さを、いつも部屋に入った瞬間からひしひしと実感します。
 寺嶋さんは、神さんと会うのが5度目ということで、打ち解けた雰囲気。あいさつも早々に、ご自身の夢である日中友好のための公園についてのお話に移りました。既に場所も決まっており、設計図もできていたその計画は、一度頓挫してしまっている経緯があるそうです。

「日本は自分の霊ばかり慰めようとしているけど、まずこれ(公園)をつくって、相手の霊を弔うことからやれば、向こうだって(靖国参拝等について)絶対文句言わん」

 日中の関係が芳しくないため、遺骨の収集ができない。その前にまず、小さいステップから仲良くなっていけばいいというのが、寺嶋さんの一貫した意見のように感じました。

「まず仲良くならんと。わしがフィリピンに行くときは、ダンボール2箱分くらい風船とかもっていく。それを子どもにあげるの。すると親達にも伝わるし、ちゃんと遺骨の場所教えてくれる。いきなり「どこ?」って聞いても、「しらん」っていう。」

 この個人レベルでの交流の大切さも、寺嶋さんが若い頃に身をもって感じられたものなのだと、その後のお話を聞きつつ感じました。

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●寺嶋さんの戦争体験〜10代から海軍へ志願〜
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 寺嶋さんは14歳の頃に実家を出て、満州にいた親戚の下へ単身向かいました。その途中、朝鮮半島で帰ろうか、帰ったら(家を飛び出してきたから)エライことになると迷っていたところ、現地の人に助けられ、そこで働くことになったそうです。
 そこから学校にも通わせてもらっている折に、満州事変が勃発。宿舎に日本の水兵が多く泊まるようになり、仲良くなった寺嶋さんは、少年兵を志願。勉強した末に見事合格。実家の親には怒られるかと思ったら、日本の雰囲気が急激に軍国主義的に変わっていたせいか、喜ばれたといいます。
 おそらく単身朝鮮半島に渡り人々の温かさに触れたことが、寺嶋さんが国を超えて、分かり合えることを体験した第一歩なのでしょう。軍隊の頃にも、船に食料を売りにくる中国の人と仲良くなったというお話をしてくれました。
 人とのコミュニケーションの大切さは、このような体験の積み重ねから得たもので、それが現在の遺骨収集の活動にもつながっているのかなと感じました。

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●「皆が見たこと、体験したことを話せばいい」という寺嶋さんの言葉から膨らんだ、私の思い
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 そんな寺嶋さんは、戦争を伝えることについてもとても熱心。南京でのことなど、ウソ、ホントをめぐり繰り広げられる論争についてこういいます。
   
「皆が見たこと、体験したことを話せばいい。だって体験してるんだから。本当かどうか判断するのは、次の世代にでも任せればいいんだ。語りたくないっていう理由は、二つ。一つ目は、戦犯になっちゃうから。本当のこというと。その責任を考えたら話したくない。二つ目は名誉。」

 前回も書きましたが、未だに戦友会では軍の構造が残っているため、語りにくい状況なのかもしれません。しかし、それと同時に、上官だった戦争体験者の多くが亡くなった今だから、話したい人、話せる人が増えているかもしれない。このことを考えると、私は語ってもらえるかもしれないという希望を膨らませてしまいます。
 私も寺嶋さんのお話に強く共感しています。体験した人に、自分にとっての戦争を語って欲しい。きっとそれが、世代を超えて、つながる「なにか」を含んでいると思うんです。
 もちろん、上官の世代の方から、若く前線に赴いた方まで、できるだけ多くの視点で戦争を聞いていきたいなと考えています。
今回の寺嶋さんのお話を聞いて、この思いがいっそう膨らみました。
| 取材-海軍 | 17:33 | comments(0) | trackbacks(2) | pookmark |
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adaware
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| adaware | 2007/03/29 3:37 PM |
あなたの家は此処にある!!
  主婦も、サラリーマンも、大学生も、あなたの家は此処にある!!   ...
| Gold Digger | 2007/04/10 9:57 AM |
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