NPO法人ブリッジ・フォー・ピース(BFP)の公式blogです。
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BFP東京ワークショップ『娘が語り継ぐ ”父の沖縄戦” 〜 柳川たづ江さんが腹話術で語る戦場の苦しみと心の傷』

2019年3月24日、東京でのワークショップのご案内です。

 



日本で唯一、地上戦が行われた沖縄、実に県民の4人に1人、住民、兵士、
ひめゆりをはじめとする学徒隊、地域の護郷隊など20数万人もの方々が
亡くなられました。これまで、BFPでは学徒隊の証言や伊江島での戦闘などの
証言をもとに沖縄戦のワークショップを開催してきました。

 今回は陸軍兵として従軍した日比野勝廣さんの壮絶な戦場体験と戦後も続く
苦しみを、娘さんの柳川たづ江さんが腹話術の人形「ふくちゃん」とともに語ります。
柳川さんはどうしたら平和を築くことができるのか、若い世代にも考えてほしいと
行動されいます。
柳川さんは藤沢から来てくださいます、貴重な機会ですので、誘い合ってご参加ください。

(柳川さんの父、日比野さんは1943年に徴兵、中国大陸で転戦後、1944年に沖縄に
派遣されました。砲撃で瀕死の重症を負い、糸数壕(ガマ)にあった野戦病院へ収容
されました。しかし日本軍は後退を続け、身動きできない日比野さんたち重症兵は
壕に置き去りにされ、奇跡的に生き延びました。8月22日に投降、2009年に死去。)
 
日 時: 3月24日(日)13:30〜16:30 
場 所: 東京ウィメンズプラザ 2階 和室 (20名)

http://www.pbls.or.jp/event/map_tokyo-womens-plaza.html
参加費:学生500円、一般1000円

 

| BFP日々の出来事 | 12:37 | comments(0) | - | pookmark |
岡崎市での上映ワークショップ
2019年2月9日(土)、愛知県岡崎市の Global Studies Cafe にてBFP15周年祝し、ビデオメッセージ上映ワークショップ開催しました。



長年活動してきたことをご理解頂けるよう、10数年前にNHK「おはよう日本」でBFPを取り上げてもらった際のニュースなどもご覧頂きました。

その後、BFPの原点でもあるフィリピンと日本を結ぶビデオメッセージに加え、元日本兵の心の澱(おり)もご覧頂きました。

初めて聴くという話に涙される方がいらしたり、
「今日で戦争に対する見方がすっかり変わりました。今までは被害者の視点に全然立った事がなかった」
という方もおり、開催して良かったなと思いました。
参加者の中には、市役所の方、教員を目指している方、遺族会の方などさまざまな背景の方々が参加してくださり、意見交換の時間もあっという間でした。

2019年も、こういう機会を益々増やしてゆきたいと思います。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。
| イベントのお知らせ&レポート | 21:53 | comments(0) | - | pookmark |
今年はBFP15周年です!
新しい年、いかがお過ごしでしょうか。

BFPでは毎年のように戦争体験者の訃報が続き、喪中ハガキも多く届いた事から、組織として年賀状をお送りするのを数年前から控えるようになりました。

ある元日本兵の方も、
「年賀状に『おめでとう』の文字は絶対いれない。だって、目の前で戦友がたくさん死んでいったから」
とおっしゃっていたのが忘れられません。

でも、今年はBFP15周年! 晴れやかな気持ちで新年を迎えています。
| BFP日々の出来事 | 23:30 | comments(0) | - | pookmark |
BFP東京ワークショップ 『私の父もそこにいた~証言によるベトナム残留日本兵の存在』

12月16日(日)の午後、専修大学神田キャンパスで、今年最後のワークショップを開催しました。

 今回はフィリピンクイズならぬ初めての「ベトナムクイズ」(石黒さん作)にチャレンジ、

知っているようで知らないのは、フィリピンと一緒、なかなか新鮮でした。

その後『私の父もそこにいた』(脚本・監督 佐山剛勇)を鑑賞、

茨城県土浦市の添野(そえの)江実子さんに製作者としてのあふれる想いを

語ってもらいました。

「真実が知りたい」と自主製作でドキュメンタリー映画を製作したきっかけや

その後3年にわたる粘り強い調査、ベトナム取材などなど。

生前多くを語らなかったお父さんへの娘としての深い思いに共感しつつ、添野さんの

熱意と行動力には圧倒されました。

なぜ父は戦争が終わっても帰国せずにベトナムに残留したのか?

 

添野さんの父、綱河忠三郎さんは大正9年生れ、昭和15年に20歳で入隊後すぐに中国に

送られ、5年間中国戦線で戦い、その後ベトナムへ、終戦はベトナムのヴィンで迎え、

終戦後は「逃亡兵扱い」となっていました。

約600人の日本兵は帰国せず、ホーチミン氏とともに9年間も

フランスからの独立戦争(第一次インドシナ戦争)に加わって戦い、

舞鶴への帰還がかなったのは、1954年だったといいます。

このことは、日本では全くと言っていいほど知られていません。

添野さんは、父の娘として、一人の日本人として、この忘れ去られた史実を映像に残したい

と決意、また父の足跡を辿るうちに自らも養子だった事実を知りました。

 

就職し2年ぶりに参加した教員やお子さんを出産して育休中の方、長年中国山西省の

慰安婦被害女性を支援し続けている方、高知から駆けつけてくれた新聞記者さんなど、

多様な方々が参加してくださいました(スタッフを含め15人)。

 

▪️参加者からの感想

・一人一人の個人の歴史から学びとることの大事さを考えさせられました。

 添野さんには、ますます、たくさんの資料を発掘されて調査を進めて

 頂きたいと思います(川見さん)。

 

・キュメンタリー映像もインパクトがあってよくできていて、残留日本兵の

 お嬢さんの、いろいろな思いが溢れる貴重なお話も聴かせていただくことが

 できて、とても有意義な会だったと思います(長谷川さん)。

 

・ベトナム戦争のテーマ、勉強しなくては、と感想持ちました。嬉しい悲鳴。

 亡父は南洋の何処で逃亡譚。その弟は海の藻屑と散って遺骨さえ出てきません。

 諦めかけていたけれど、最近、防衛省、厚労省辺りを徘徊。

 史料調べとりかかろうかと考えてる矢先でした。

 企画、くれぐれも感謝申します(松本さん)。

 

・添野さん、膝を痛めながら気丈に遠路を出向いてくださり感謝です。こころに

 溢れる思いが伝わりました。戦争の非情理。それが共有されない非情理(伊吹さん)。

 

*ご参加いただいた皆様、添野さん、専修大学の教室を貸してくださった長谷川さん、

 ありがとうございました。

 2019年が平和な良い年になりますように!(まとめ 斉藤由美子)

 

 

 

 

| BFP日々の出来事 | 23:25 | comments(0) | - | pookmark |
11/23(金)早稲田大学でのワークショップ報告

学生会員の金子聖奈です。

11月23日(金)に、早稲田大学でワークショップをおこないました!
 

早稲田大学の豊田真穂先生にお招きいただき、3年連続のワークショップとなりました。

1年目(2016年度)のブログはこちら(http://blog.bridgeforpeace.jp/?eid=1489882

 

初めて早稲田でワークショップを行ってから3年がたち、私も様々なところでスピーカーとしてワークショプをする機会が増え、慣れも出てきていました。

その中で感じたことがあります。

この壇上に立って、戦争体験者からお預かりした貴重なメッセージビデオを届ける私たちは、それにかける思いや知識、伝えたいポイントなどを明確に持っていなければならない、ということです。

 

特に一番最初の「気持ち」のところ、これが難しくて、私はなんだかやりこなすことに精一杯でそれを忘れていたような気がします。

 

それを思い出させてくれたのは、新会員で大学1年生の上田汐さんです。

初めてのワークショップにも関わらず、丁寧に、アイスブレイクのクイズをやってくれました!

 

 

アイスブレイクののち、活動の紹介、それから戦争体験者のビデオメッセージの上映。

最後に、グループワークをおこないました。

 

 

 

 

 

 

早稲田大学ではいつも活発でレベルの高い、批評的な意見が多く生まれるので、私も示唆を得たり学んだりすることが毎回たくさんあります。今回も例に漏れず、私たちBFPの姿勢として考えなければならない重要な指摘もいただきました。

  • これからは歴史を踏まえた議論として正解ありきの議論や教育から脱するべき。同調の習慣をやめるべき。
  • 「戦争が勝ち負けなどではない、人が死ぬということ」…国籍、文化、民族を超えた「人間」の普遍性の問題を忘れている。
  • 国の政策と民間活動の温度差を感じた。国家レベルではできないことをNPOがやっているという意味を感じた。
  • フィリピンの人々は、ビデオを見ることで本当に許せているのか。個人的な恨みはあるけれど気持ちを切り替えるために「許す」と言ったのではないか。
  • 戦争体験者がいなくなってしまいそうなこの時期こそ戦争にもう一度向かってしまうかもしれない。
  • ビデオで語ることなく亡くなった人、まだ整理のついていない人、そういった人たちがいることを忘れてはならない。
  • この問題に限らず、加害者としての事実をもっと知らなければならないし、知る機会を自分から得なければならないと思った。知らずに議論するのは上っ面を撫でているようだ。
  • 我々につながりとしての戦争責任はない(自分は何もやっていないという点において)。ないからこそ、距離を取れるからこそ、戦争について考えなくてはならない。
  • 知ること、自分ごととして考えることが大切。
  • 日本兵の中に「完全に自分が悪い」という言葉はなかった。罪が深すぎて受け止められていないのではないか。
  • 加害者のみならず被害者も、物事を敵と味方に分ける二元論的思考をしてしまうことがそもそも悲惨なことが起こる原因なのではないか。
  • 正しい戦争責任のとり方ってなんなんだろう。

 

多く見られたのは、「許す」とはどういうことか、「責任」をどう取ればいいのか、という意見でした。

 

「正しい戦争責任のとり方ってなんなんだろう。」

 

この問いが教室で生まれたこと、そして教室で共有できたことを、嬉しく思っています。

この問いについては答えがないからこそ、私は、ずっと考えなければならない、わからない「何か」、語られなかった「何か」を想像して考え続けなければならないと思います。

そのさきに、私たちにできる自分なりの「責任」が見えてくるのではないかと思います。

 

そういう思いでBFPに入ったのだったな、と初心を思い出すことができたのも、私の中では大きな出来事でした。

早稲田大学のみなさん、そして豊田真穂先生、TAの重松さん、

学生メンバーによる授業ということで至らない点も多々ありましたが、本当にありがとうございました。

 

 

上田さんの感想:

今日は貴重な機会をいただきありがとうございました。初めて学校でのワークショップに参加させていただき、とても緊張してうまく喋れなかったのですが、今回の反省を今後に生かしていきたいと思います。また、ビデオ後のグループワークではみなさん本当に熱心に取り組んでくださり、意見交換の場では逆に学び得るものが本当に多かったです。BFPの会員として発表する側ではありましたが、みなさんと真剣に戦争について考え、共有する時間を過ごせて本当に実りある時間でした。本日は本当にありがとうございました。

 

 

 

 

| イベントのお知らせ&レポート | 16:07 | comments(0) | - | pookmark |
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