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韓国訪問レポート(淺川和也)
 7月20日(土)の午後、羽田から金浦に着いた。ソウルの街はTマネーカード(スイカみたいなもの)があるので歩きやすい。この時期は「チャンマ」といわれる梅雨で時折、激しく雨が降る。
 BFPのみなさんが独立記念館から戻るまで、北村にある教育博物館と、そこからおりてきて大韓民国歴史博物館に立ち寄った。教育博物館は儒教の影響を受けて百済や高句麗、新羅での教育熱心な風土の様子が伝わってくる。運動会風景のジオラマや、制服や校章の展示に家族連れで親が子どもに思いで話をしている姿は微笑ましい。
 一方、日帝時代の教科書や資料から皇民化教育の様子が知れる。大韓民国歴史博物館は、1945年の光復節から朝鮮戦争、憲法制定、独裁政権と民主化、経済産業発展への道を描いている。国立中央博物館が朝鮮半島の大陸との関係から歴史文化を跡付けるの比して、「大韓民国」の歴史とするだけに国威発揚(ナショナリズム)の息吹が感じられた。
 夕刻は、かねてから交流のある皆さんとインサドンの伝統工芸ショッピングモール「サムジキル」にある古宮の支店で夕食をいただいた。全州伝統ビビンバで有名な店で、実は、ガイドブック片手に以前、入ったことのある店だった。現地の方が、ここでというのには納得した。懇談の後、若い衆に混じって二次会に。。。
 
 7月21日はホテルの近所で朝食の後、カフェでゆっくりして、バスで弘大へ移動した。前の晩、中村さんは留学時代の仲間に、どの辺がいいか、と聞いていたらしい。昨年の9月のツアーの時もしたというが、フリーハグをと聞いて、原宿で外国人がしていたのを思い出した。ハグして幸せな気持ちのお裾分けをというのが発祥のようだが、日韓関係がぎくしゃくするなかで、日本人が韓国で、韓国人が日本で、フリーハグの試みがなされているらしい。フリーハグは若い衆3人にお任せしたが、終了後は弘大という若者が集まる学生街で、サムゲタン(参鶏湯)をいただいた。フリーハグの効用か、サムゲタンの滋養もあり、心も身体もあたたまった。
 夕刻、 第5回・歴史と平和NGO国際会議(International NGO Conference on History and Peace)を海外参加者のために用意されたホテルにて受付をすませた。10数カ国、40人余りの海外からの参加者があり、日本語がよくできる学生をはじめ多くのボランティアが手伝っていたのが印象的であった。神さんは、これまで何度か参加されたとのことで、顔見知りがたくさんおられるようだった。
 前の週はプエルト・リコの平和教育の会合に行っていて、週末ソウルならマイレージの特典航空券で行けると思い立っての参加だったので、この会議がどのような会議なのか、十分把握してないままであった。主催側の挨拶をされたリーさんは、元アジア太平洋地区国際理解教育センター(APCEIU)所長や韓国ユネスコ委員会本部長も務められた方で、以前参加した平和の文化に関する国際会議や、GPPACの平和教育部会のソウル会議などでもお会いしたことを思い出した。日本からの方でも、このごろ中部ESD(持続可能な開発ための教育)の会合でよくご一緒する武者小路さんや光州事件30年を期して平和学会有志でおこなわれた全州へのツアーの際にもおられたピープルズプランの武藤さんや、教科書問題の高嶋さんや、いろいろなところでお顔を拝見するみなさんがおられ、本格的な会議と納得した次第。そうした大学人や活動家に交じって、会議の名称にNGOとついているだけに、BFPの参加は市民としての活動が評価されてのことだと思う。

 7月22日の午前は、スカイプを用いて、カリフォルニアにおられるLibby & Len TraubmanさんのファシリテーションによるBFPメンバーと大学生の対話のワークショップに参加した。話し手はパーソナルなストーリーを話し、聞き手がアクティブリスニング(傾聴)をするというすすめ方であった。対立・紛争解決のためのスキル研修やNVC(非暴力コミュニケーション)などで使われる技法で、共通の基盤をきずいたうえで、互いの本音をだしあおうというものである。
 全体会は韓国語・英語・日本語の同時通訳が入りっていた。以下に要項の抄訳を掲載してある。
   http://gcpej.jimdo.com/海外報告/5thngohistory-peace/
  全体会でのシンポジュウムの内容は、国際関係や歴史研究の精緻な報告が多く、参加者との論議をする時間はあまりなかった。ただし、さまざまな場面で参加者との交流を深める機会を得ることはできた。最後の日にNGOのセッションでは、BFPのメンバーが発表する機会も予定されていたが、23日で帰国したので、みなさんの勇姿を見ることができず残念であった。
 ネパールとインドの時差は15分あるといういうが、韓国とは時差もない。隣国との関係は、近いだけに、過去の歴史のわだかかりは尋常ではない。冷戦構造を色濃くのこした東アジアは、平和へのさまざまな課題を抱えている。そのなかで、今後、いっそう市民による交流が大切だということを実感した。 
| 韓国訪問レポート | 21:41 | comments(0) | - | pookmark |
外へ出て、人と出会い、自分を磨く(夏井佑来)

外へ出て、人と出会い、自分を磨く

 

夏井 佑来

 

はじめに

2013719日(金)から25日(木)まで韓国にて、Bridge for PeaceKorea Tour Internatonal NGO Conferenceに参加しました。昨年のKorea Tourに引き続いて参加させて頂きました。韓国自体は三回目の訪問となりましたが、私にとって韓国は縁のある国であり、向き合うことで過去を乗り越えられる場所でもあります。

 

小学校時代そしてアメリカ留学での思い出

それは、小学校時代に遡ります。私の小学校には、在日朝鮮人の子どもたちが数名通っていました。クラスにいた彼らとは、とても仲良くなり、よくお互いの家に泊まりに行ったことを覚えています。その一方で、無意識のうちに、アジアに対して、蔑視する気持ちが自分の中に存在したことも覚えています。理由はわかりませんが、日本は他のアジア諸国よりも優位であると考えていました。その中で、大学生の時にアメリカに留学した際、留学先の学校にはたくさんの韓国からの留学生がおり、彼らととても仲良くなりました。一方で、英語が凄く話せて、勉強熱心な彼らを見て、凄いなと驚嘆したことを今でも覚えています。ある時、親しくなった韓国の友人と、興味本位で歴史の話をしたときに、彼らから韓国と日本との過去の歴史について、責め立てられ、お互いが、お互いに感情的になり、関係がこじれてしまい、ぎくしゃくしたまま帰国の途についてしまいました。その当時は、お互いがお互いの非を認められず、ぶつかることを避けてしまい、コミュニケーションを取らなくなったまま時間が過ぎていきました。

 

昨年のBFP韓国ツアーへ

真正面から相手と向き合えない自分自身の気持ちを素直に認められず、相手との関係が悪くなったことを、他の理由ですり替えていました。つまり、彼らを蔑視することで、自分自身の気持ちをごまかしていたのです。それでも、心のどこかで、自分自身と向き合いたいという気持ちは消えず、日本に帰国後も、韓国の方と会う機会を求めて過ごしてきました。

その中で、昨年BFP Korea Tourで韓国を訪れる機会に恵まれました。初めて韓国を訪れたのが、2010年のお正月でした。それから、二年の月日が経ち、久しぶりに訪れた韓国では、目の前に広がる光景が180度違って見えました。ソデムン刑務所や独立記念館を訪れ、過去の歴史を知り、どうして韓国の方があれほどまでに日本を、そして日本人を意識して、責めるのか。­­言葉だけでなく、心に入ってくる感情として、すべてとは言えませんが、その理由を分かろうと出来たと思います。その中で、過去の愚かな行動を取った自分を認めて、これからの未来に対して、韓国の方と向き合いたいという気持ちを示すために、私はフリーハグを行いました。多くの韓国の方と抱き合い、抱きしめてもらえたことで、ようやく私の心の中にあったトゲが抜けて、消えました。この時が、生まれて初めて、自分と向き合えた瞬間だったかもしれません。そして、その向き合う気持ちは、三度目の韓国に移りました。

今回の韓国滞在で、人と出会え、感じたことを以下に述べたいと思います。

 

仁寺洞で見た景色、意識の高さ

今回の韓国は、スケジュールの関係上、BFP Korea Tourには二日目からの参加となりました。現地で、BFPのメンバーと合流するまでの間、一人で仁寺洞を歩いたのですが、メインストリートには、高校生らしき男女が、朝鮮半島のイラストを記したプラカードを首にかけて、朝鮮半島の統一を望むか、それとも望まないのか、どちらかに路上を歩く人に投票をお願いして、シールを貼ってもらっていました。若い二人が国の将来について真剣に考えて行動している姿に意識の高さを感じました。その後、BFPのメンバーと合流して、現地の方との交流会に臨みました。交流会には、昨年も参加してくれた方も来てくれましたし、新しく参加してくれた方も来てくれました。みんなで楽しく韓国料理を囲んで、ワイワイガヤガヤ話す時間はとても楽しかったです。現地の方との交流というと、過去の歴史をテーマにして語り合うとか、硬いイメージを持つことも自分自身ありましたが、今回の交流会を通して、硬いことは抜きにお互いにざっくばらんな話をし、一緒にいる時間を共有することで、お互いのことを知るきっかけとなり、ここから、お互いの国や文化について知ろうとする感情が生まれてくるものだと思いました。こういった交流こそが、草の根レベルで我々に出来ることであり、交流を持たなくては、先にある可能性が生まれないものであると思います

 
【高校生二人とともに。この行動力が凄い!】



二度目のフリーハグ

翌日は、BFPのメンバーで、弘益大学界隈にて、フリーハグを行いました。私にとって、二度目のフリーハグ。そして、他のメンバーにとっては、初めてのフリーハグとなりました。今回、フリーハグをして嬉しかったのは、はじめて子どもとハグできたことです。お母さんと一緒に歩いていた男の子に向かって、フリーハグ!と伝えると、一緒にいたお母さんの方から子どもにフリーハグをするように提案してくれました。そして、これまで出来なかった子どもとのフリーハグが出来たのです。一方で、自分にとってフリーハグは二度目となったことで、初めての時に感じた緊張感はとれて、リラックスした状態で出来ました。こちらから積極的に声をかけて、フリーハグを行いましたが、次回行う際は、フランクな気持ちと真剣な気持ちのバランスを取った形にしたいと思いました。

今回は、BFPメンバーの潤くんや奈つ希さんも一緒にフリーハグをしてくれました。BFPKoreaTourで歴史を学んだ後に、韓国でフリーハグを行う日本の若者がいるということ。これからの未来を担う若い世代が、新しい動きをすることは、これからの社会をどういった形にしたいか、考える上でもとても意味のあることだと思いました。

【フリーハグの際に持つ絵は、現地の方に書いてもらいました】

 

【潤一さんとともに*写ってはいませんが、奈つ希さんも一緒にフリーハグを行いました】

Internatonal NGO Conference on History and Peace

BFP Korea Tour終了後、そのまま韓国に残り、International NGO Conference on History and Peaceに参加しました。世界各国から、History and Peaceに関する学者や活動家の方が、Kyung Hee Universityに集まり、初日には参加者に対するSymposiumが行われ、二日目からは、各対象に分かれて、20代の若者が集うEast Asia Youth Forumや高校生向けのLetctureWorkshopなど、History and Peaceに関するイベントが4日間に渡って行なわれました。ここでは、主に二つのことについて、述べたいと思います。一つは、Symposiumについて、もう一つは、East Asia Youth Forumについてです。

 

Symposium

識者の方によるシンポジウムでは、日本に対する厳しい声を聞くこととなりました。国内外から右傾化が叫ばれる日本ですが、今回韓国に行き、外から見た日本はどのように映るのか目の当たりにしました。韓国滞在中に参議院選挙が行われ、自民党が圧勝した報道が出た翌日にシンポジウムが行われました。シンポジウムの中では、韓国や中国などの国の識者の方たちから安倍政権の歴史認識や言動について強く非難する声が上がりました。日本国内でも政権の右傾化に対する危機感は報道されていますが、韓国で見た日本に対する警戒感は日本での報道では感じることが出来ないほど強張るものでありました。外から見た日本は、過去の歴史に対して謝ることなく、現在を生きる国家であり、各国が緊張して日本の情勢を見守っていることを肌で感じ、その場にいた日本人として、過去と向き合わないことの責任の重さを痛切に感じましたし、今の日本の状況がいかに危険な方向に向かっているのかを外から改めて知ることとなりました。

一方、そのような緊迫した雰囲気の中、オランダの方から、日本だけを責めることに対して、論点がずれているのではないか、そしてこの場にいる日本からの参加者がどのように感じるのかを考えるべきだという声も聞かれました。(あくまで、私の英語力で聞き取った範囲ですが、他の日本人の参加者も同様の解釈でしたので、意味は間違ってはいないと思います。)

加えて、このSymposiumの中では、琉球大学名誉教授である高嶋先生による講演も行われました。その中で、三つのことが、私の心に響きました。一つは、沖縄国際大学の米軍海兵隊のヘリコプターが墜落した話です。この事故後、在沖縄米軍に対する抗議活動が起こりましたが、その際に、その抗議をした人々の間から、墜落事故で重傷を負った数名の米兵のその後を気遣う声が上がらなかったそうです。このことは、自分自身、一方的な視点からしか物事を見れなくなることがあり、両極的な視点で物事を見ることの大切さを改めて感じました。

もう一つは、シンガポール初代首相リー・クアンユーの話です。1994年にパリで行った講演の中で、リー・クアンユーは、戦争を経験していない者が首相になった日本に対する危機感を話したそうです。今が、正にリー・クアンユーの言った状況に日本はなっており、心の中で怯えたことを覚えています。

そして、最後の一つは、NGOの役割についてです。高嶋先生は、NGOが過去の歴史の記憶を残すことの大切さについて語っていました。実際に、Bridge for Peaceの活動は、戦争体験者のお話を伺い、そのお話を次世代に伝えていくことです。高嶋先生は、このようなNGOの活動を第二のマスコミと表して、社会を変えたいと伝えていました。

ここで思い出すのが、以前取材をさせて頂いた方が発した言葉です。それは、「普通の人が、社会を変えることを、普通の人が知らなくてはならない」と。我々、一人一人がどのような社会を望むのか、意識して行動することで、我々が望む社会をきっと作れる。二度を戦争を起こしてはならない。そう願うからこそ、Bridge for Peaceでの活動に携わりたいと思う心に、改めて強い意志が灯りました。

【初日のWelcome Partyにて】


【Symposiumにて、高嶋先生のご講演】


【Symposium終了後、高嶋先生とともに】


 

East Asia Youth Forum

今回、Bridge for Peaceの一員として、Youth Forumにて発表する機会を頂きました。Youth Forumは、その名の通り、20代の学生や社会人が歴史と平和について、それぞれの専門分野でのレポートを書いて、forumにて発表し、ディスカッションをするというものでした。開催場所が、Kyung Hee Universityということもあり、多くの参加者がKyung Hee University Graduate Institute of Peace Studiesの大学院生で、他には、Korean University Boston Collegeからの学生が参加しました。

日本からの唯一の参加者であり、加えて、一番目の発表であったので、とても緊張しました。私は、昨年のBFP Korea Tourで行ったフリーハグについて、発表し、最後には、フリーハグの様子をまとめた映像を参加者の方に見てもらいました。最初の発表ということで、他の参加者の方も緊張した様子でしたので、アイスブレイキングもかねて、大きな声で元気よく発表することを心掛け、そしてこの空間では、私が唯一の日本人で、他の方からすると、私の言動がある意味、日本人としてのイメージと捉えられる可能性があることを考えると、身を引き締めて、とにかく一生懸命に発表しました。フリーハグの映像で発表を終えると、会場からはたくさんの拍手が湧きました。中には、映像を見て、涙する方もいました。同世代の海外の若者とのディスカッションはとても楽しかったです。みなさん、目が輝いていて、そして勉強家で、そういった方々と共に、意見を交換し合い、一緒に時を過ごせ、このような刺激のある機会にこれからもどんどんチャレンジしていき、意識の高い人たちとともに切磋琢磨したいと思いました。

【Youth Forumでの発表風景】


【発表後のディスカッションの様子】


【Forum終了後の集合写真】

 


おわりに

一週間にわたる韓国滞在は、本当に充実したものとなりました。BFP Korea TourそしてInternational NGO Conference on History and Peaceと、韓国に来て、たくさんの方たちと出会い、たくさんのことを感じ、知り、学んだことで、自分自身が磨かれました。学生時代に、フィリピンでのボランティア活動をきっかけとして、Bridge for Peaceの代表である神直子さんとの出会いがあり、Bridge for Peaceでの活動を通して、人と自分と向き合うことの大切さを学び、たくさんの方との出会いに恵まれ、人として磨かれる経験を重ねています。そう思うと、日本を出て、フィリピンに行くという決断がなければ、直子さんとの出会いはなく、BFPでの活動に携わることもなく、今の自分には辿り着けなかったかもしれません。だからこそ、これからも、外に出て、人と出会い、自分を磨き続けたいと思います。

最後になりますが、今回のBFP Korea Tourをコーディネイトして下さいました潤一さんに、現地でルームメイトになってくれた淺川さんと甲斐さん、韓国に旅発つ前に、日本での事前学習を企画してくれた奈つ希さん、今回のYouth ForumBFP代表に抜擢してくれた直子さん、そして今回の韓国を通して出会えたたくさんの方たちに感謝の意を表したいと思います。どうもありがとうございました。

| 韓国訪問レポート | 23:52 | comments(0) | - | pookmark |
第1回BFP韓国ツアー報告/2012年9月29日〜9月30日(1泊2日)
大変お待たせしました!

9月29日〜30日、1泊2日で実施したBFP初の韓国ツアー報告です。
今年を皮切りに毎年開催していきたいと思っています。

単なる観光では味わえない韓国との出会いを提供できるよう、試行錯誤の中プログラムを 検討しました。今回の出会いの中で、「協力したい」と申し出てくださった韓国の方々もいらっしゃいますので、今後益々充実したものになりそうです。

それぞれのレポートから感じ取って頂けると思いますが、ツアーに参加することで、何より相手の視点で歴史を見たり、考えたりするきっかけになることを改めて実感しています。次回は2013年の夏に実施を予定しています。

それでは、それぞれのレポートは以下からご覧頂けたら幸いです。
| 韓国訪問レポート | 22:21 | - | - | pookmark |
韓国から日本を見てみました(夏井佑来)
 はじめに

 BFPKoreaTourについて聞いたのが、開催の約一ヶ月前。代表の神さんから「行く?」と聞かれたので、二つ返事で「行く行く〜!」と言って、今回のツアーに参加させてもらうことにしました。

 「ノリで動くのが大切」を信条に掲げる私ではありますが、今回のツアーはとても魅力的でした。なぜなら、通常の韓国ツアーでは見られないような場所に行けるわけですから。それも、通常日本人観光客が行かないような場所に行けると聞いたら、アウトロー気質のアイデンティティーが居ても立ってもいられなくなりました。さあゴートゥーコリア!という気持ちでツアー当日を迎えました。

 韓国に発つ数日前に知った弾丸ツアー日程も、ツアー期間中は韓国のお盆であるチュソクにあたりお店がやっていないのでは?と心配することも、すべてがワクワクとドキドキでありました。そんな韓国ツアーでしたが、神さんと潤くんとの珍道中と最後に待ち受けていたサプライズを合わせて、以下に書いてみたいと思います。

 

初日(2012927日):インチョン国際空港そしてソデムン刑務所へ

 世界のハブ空港であるインチョン国際空港に降り立つのは初めてでしたが、空港からソウル市内に向かう電車のホームはモダンで、まるでヨーロッパの駅にいるような感覚になりました。

 空港からホテルに向かうと思いきや、まずは第一の訪問先であるソデムン刑務所に向かいました。この刑務所、日本が占領時代に抗日レジスタンスを収容する場所として使用したそうです。現在は、文化遺産となっています。まず、行って驚いたのが、親子連れやカップルの多さでした。私の経験では、このような深く考える場所に家族で行った思い出はなく、またカップルで行くこともなく、刑務所であった建物の中を家族やカップルで歩いていることに驚きました。容姿や文化で共有するものが多いお隣の国韓国ではありますが、異なる感覚を持っているのだなと実際に韓国で見て思いました。

 西大門刑務所を見学する中で、一人で展示物を見ている女性の方がいました。容姿からすると20代後半、年齢は私とあまり変わらないよう気がしました。上に書いたように驚きながら、刑務所内を歩いていたので、実際に韓国の方がどのような気持ちでこの場所を訪れ、見ているのか聞いてみました。頂いたコメントを抜粋すると「ソデムン刑務所に来るのは3回目。前回来た時に工事中だった場所があったので、今日来た。通常、韓国の人はあまりここには来ない。今日は、独島記念博物館に行ってから、ここに来た。韓国は韓国でよく知らないで、日本とケンカしようとする。」このコメントの「独島記念博物館」という言葉に潤くんと私は反応し、是非そこに行ってみたいと思い、場所を聞き、インタビューを終えました。


日本大使館前、神さんと合流、そして従軍慰安婦記念碑

ソデムン刑務所を離れ、潤くんと私は神さんとの待ち合わせ場所である日本大使館を目指しました。ソデムン刑務所の最寄り駅から、地下鉄でインサドンという場所に向かいました。余談ではありますが、ソウルも、東京と同じく、地下鉄の路線網が張り巡らされており、地下鉄はとても便利な交通手段でした。

 インサドンに着き、待ち合わせ時間に余裕があったので、二人で昼食を取りました。料理は、もちろん韓国料理。本場の味は格別で、日本では食べられないような種類のキムチを頂くことができました。

 お腹も一杯になり、いざ日本大使館前に向かいました。しかし、周囲に神さんらしき人は見かけられず、逆に韓国の機動隊が大使館前にバスを停め、厳重に警備をしている様子でした。さすがにこの雰囲気の中、立って待つという感じではなく、少し離れたところにあるホテルの前で待っているとそこに神さん登場。異国の地で再会できた、しかも日本の出発地も異なる中(我々は成田から、神さんは中部セントレアから)喜びを分ちあい、いざ大使館前の記念碑とのフォーショットを撮りに行きました。どなたかに写真を頼もうと思ったのですが、周りには機動隊しかおらず、片言の韓国語と英語でお願いしました。

 せっかく話しかけたので、疑問に思っていた機動隊の多さについて聞いてみると、「毎日、日本大使館前には機動隊が警備している。以前、記念像の前に日本の国旗を立てた人たちがいたりして、ここは毎日警備をする必要があるので」と言っていました。記念碑とのフォーショットと書きましたが、この記念碑は少女の銅像です。元従軍慰安婦の少女時代をモデルにしたそうですが、少女の目が見つめる先には、日本大使館があります。じっと見つめる少女の瞳は、雨の日も風の日も、ここからかの国の大使館を見つめています。



インサドンでフリーハグ

 神さんと合流し、記念碑との写真を撮った我々がつぎに目指す場所は、インサドンでした。ここで何をしたかと言うと、フリーハグ!そう、YouTubeでも話題となった韓国での日本人によるフリーハグを我々もやろうという話になったのです。もちろん、事前にこの話は日本でしてきました。3人の中で軽い気持ちでやるつもりは全くなく。やるからには、意味のあるものにしようと思いました。そこで、まずは韓国と日本の歴史を学び、その上で観光スポットであるインサドンのメインストリートでフリーハグをすることにしました。

 日本から持参したスケッチブックに、Free hugsと上に書き、真ん中には韓国と日本の国旗を、そして一番下にはハングルでフリーハグと書きました。さあ、いざフリーハグを決行!となったのですが、内心人通りの多い中で、一人ポツンとスケッチブックを胸に掲げて、フリーハグをするのに最初はためらいがありました。そこで、メインストリートの入り口付近で演奏を始めようとしていた外国人のバンドの方に近づいていき、フリーハグを求めると、快く行なってくれました。そうしたら、先ほどまでためらっていた気持ちがすっかり晴れ、満面の笑みでメインストリートに立ち、フリーハグを行なえました。

 インサドンという場所柄からか、外国人観光客も多く、そういった人々がハグしてくれたこともありました。一方、韓国人からもハグしてもらうことができました。20分ほどの短い時間でしたが、その中で10人ほどの方々とハグし、抱きしめ合えたのは、本当に嬉しかったです。また、韓国と日本の関係が領土問題で悪化する中、日本人の私が韓国にてフリーハグをし、現地の韓国人が抱きしめてくれたことは、国と国の対立を超えて、一人一人の人間として向き合えたと思います。上手く言葉で表現するのは難しいのですが、抱きしめた時に「○○人」とハグをしたと考えることはなかったです。そこには、お互いに温かい気持ちがあっただけでした。抱きしめることに、国籍や、肌の色や、瞳の色が何か意味を成すのでしょうか。そこには、ココロを持つヒトとヒトとがいるだけです。ただそれだけなんです。


独島記念博物館

 インサドンでのフリーハグを終え、神さんは現地の学生との待ち合わせに向かいました。潤くんと私は、ソデムン刑務所でインタビューした方から聞いた独島記念博物館に向かいました。18時閉館のところ、1分前に着いた我々に待ち受けていたのは、ロックされたガラスの扉でした。中にいるスタッフに声をかけると、今度はシャッターを閉められましたが、それでも諦めずノックをすると、館長らしき人が出てきて話をすることができました。せっかく来たのだから、ほんの5分だけでも良いので見てみたい。どんなことがこの博物館の中で展示されているのか見てみたい。何とか粘ったのですが、中に入ることは叶わず、代わりに博物館のパンフレットをもらって帰りました。


弘益大学の学生との会食

 独島記念博物館を後にした我々は、神さんが待つ弘益大学生との交流会に参加しました。現地の学生たちとマッコリを飲みながら、ざっくばらんに色んな話をしました。我々がどんな想いで今回訪韓したのか話すと、みんな真剣な表情で耳を傾けてくれました。今でこそ、日本では韓流が大人気で、韓国の良いイメージを持つ人が増えていると思います。私が小学生の頃は、まだ今の中国のようなイメージで韓国を捉える風潮があったと思います。選言せずに言うと、「蔑視」です。でも、実際に韓国に行き、韓国の方々と話をすると、お互いの話に耳を傾けて、お互いの意見を尊重して話が出来たと思います。私見ではありますが、人は自分が抱くイメージに近い人と出会うし、そのイメージになるように相手にリアクションを求めようと無意識にする部分があるのだと思います。韓国の方々との交流の中で、改めて自分が求める者に人は出会うのだと思いました。


二日目(2012年9月8日):独立記念博物館

 二日目の早朝、7時半に地下鉄の駅で神さんと待ち合わせ、いざ三人で独立記念博物館に向かいました。独立記念博物館は、ソウル駅からKTXという韓国の新幹線で南に30分ほど行ったところのチョンアン・アサン駅から車で15分くらい行ったところにありました。余談ですが、日本に帰国し、韓国の歴史について書籍を読み返して知ったのですが、このチョンアン・アサンという場所は、日本が占領した時代に韓国の独立を求めて起こった三・一独立運動で活動し、拷問にかけられ17歳で獄死した少女ユ・グワンスンの故郷だそうです。このことを知ったとき、初日にソデムン刑務所に行き、その展示物の中にユ・グワンスンの絵があったことを思い出しました。今回のツアーで訪れた先は、「どこに行ってもすべてが日本と関係する場所であったことに、日本が韓国にしてきた歴史を見た」と思いました。

 独立記念博物館は、朝鮮民族の誕生から日本の占領時代(日帝時代)を経て、韓国が独立するまでを展示している博物館です。博物館と言っても、日本でイメージするような一つの建物で成り立っているわけではなく、広大な敷地に8つのパビリオンがあり、そのパビリオン一つ一つにそれぞれの時代について展示されています。8つすべてを回って、現代の韓国に戻るわけですが、実際にその8つのパビリオンを回りきった後に、なぜ韓国の人たちが朝鮮民族であることにあれほどまでの誇りを持つのか。その意味が少しだけ分かった気がしました。


潤くんと別れ、神さんと二人でソウル駅へ、そしてフリーハグ

 ここまで韓国語の通訳をしてくれた潤くんは、インチョンから帰国するため、チョンアン・アサン駅で別れ、ギンポから帰国する私は、神さんとともにソウル駅にKTXで戻りました。ソウル駅についてから、昨日と同じくフリーハグを行ないました。インサドンの時は外だったのですが、今回は駅の外と駅の中で行ないました。ソウル駅はさすがに人の流れが早く(日本の東京駅の人の流れを想像してもらうとわかりやすいと思います)加えて、チュソクで帰省する人たちでごった返していました。その中、日本から来た一人の若者がスケッチブックを胸に掲げ、フリーハグを求めました。インサドンほどはハグしてくださった人の数は多くはありませんでしたが、在韓アメリカ兵の方や外国人旅行客や、韓国の兵士の方そしてチュソクで民族衣装のチマチョゴリを着た女性が抱きしめてくれたのがとっても嬉しかったです。韓国のお盆に、伝統衣装のチマチョゴリを来た女性が、日本人とハグをする。端から見たら白い目で見る人がいるかもしれません。それでも、その女性は私とハグをしてくれました。このことが持つ意味は大きいと思いますし、本当にありがたいことだと思いました。


銀浦へ、そして・・・一泊二日のはずが。

 翌日も韓国に滞在する神さんとは、ソウル駅で別れ、私は一人金浦空港に向かいました。空港に着き、チェックインカウンターに向かうと、何だか様子が変で、空港職員の人が英語で何か言っています。よく聞いてみると、日本に台風が来ていて、羽田行きの便は欠航になりましたと・・・翌日仕事があった私は、本当に焦りました。まずい、これでは明日仕事に行けない・・・必死になって、職員の方に伝えました。「アシタ、シゴトガアル」と。自分の執念が実ったのか、台風が気を変えて速度を速めてくれたからか、深夜3時のインチョン発羽田行きの便が出ることになり、その便に乗ることができました。

 そこで、ギンポからインチョンに向かいました。インチョンに行くと、チョンアンで別れたはずの潤くん(こちらも台風で足止め)と再会し、そこに心配した神さんがかけつけてくれ、三人で夕飯を食べ、深夜の便を待ちました。3時の便に乗れたから良かったですが、潤くんは朝の5時まで待たなければなりませんでした。それにしても、人生発の深夜?早朝?便に乗りました。夜22時頃から搭乗時間の2時頃まで出発ロビーの中のソファーでぐったりと横になることは初めての経験でしたし、意識が朦朧とした中で飛行機に乗り、我が家を目指したのは、夢の中で歩いているような錯覚に陥りました。今思うと、一生忘れることの出来ない良い思い出です。


終わりに

 今回の韓国が、私にとっては二度目の訪韓となりました。はじめて韓国を訪れたのは2009年。3年前のことでした。当時、留学先のアメリカで出会った韓国人留学生がいました。突然、領土問題や歴史問題について聞かれ、時には問い質されるような気持ちになりました。今思うととても恥ずかしいことですが、これらの問題について知識がなかった私は、議論の仕方が失礼だと話の矛先を変え、自分の無知さを誤摩化すのに必死でした。でも、当時は誤摩化していることすら認められませんでした。それも、どこかに日本が韓国よりも優位であるとの気持ちがあったからだと思います。でも、実際に目の前にいる韓国人は、とても優秀で、自分がかなわない。このことを認められなかったのです。

 あれから3年。自分の気持ちを向き合うことに多くの時間を費やしました。再び訪れた韓国。街は活気に溢れ、若者は活力に満ちていました。標題にした「韓国から日本を見てみました」は、実は韓国に行くことで、過去の自分と向き合うことでもありました。当時、興味本位で歴史問題について聞き、関係が拗れ、その後音沙汰のない韓国の友人とも今なら向き合えると思います。

 最後になりますが、今回のツアーを企画してくださったBridge for Peace、飛行機が欠航になり心配して空港まで駆けつけてくれた神さん、最初から最後まで通訳として常に助けれくれた潤くん、お隣の日本より常に気にかけてくださった浅井さん、そして今回のツアーに関係した方々すべてに感謝の意を表したいと思います。

ヨロブン、マニ コマスムニダ。


| 韓国訪問レポート | 21:29 | - | - | pookmark |
記念すべき第1回目のBFP「韓国を知る」ツアー(中村潤一)
私がBFPと出会ってから1年半が経ちます。戦争と平和というキーワードを持って活動し、また韓国、朝鮮半島に向けても今後アプローチをしていくというお話をうかがい、もともと日韓の歴史問題に興味があった私は、何か日韓のために実践できる場として魅力を感じ、お邪魔させていただくようになりました。
そうした中、今回記念すべき第1回韓国ツアーに参加させていただけたことは、本当にありがたいことでした。

東京から飛行機で約2時間半の韓国ではありますが、1泊2日というタイトなスケジュールで、どこまで何を見れるのか、気になるところではありましたが、調べてみるとソウル市内だけで、日韓の歴史に関わる施設を見つけることができました。

韓国という国がそれだけ、歴史に重きを置いているということもありますが、そこが正に歴史の現場になっていたことを実感します。
と同時に、侵略や独立の歴史が、人々の生活の身近なところにあり、一人一人が考えてしかるべき環境にあるのだろうと思います。

2日目に訪問した「独立記念館」。ここでは、自国が豊かな文化を培ってきたというところから展示が始まります。日本人の私には無い感覚ですが、侵略、独立の歴史があると、より自分の国への「誇り」を意識し易くなるのだと思います。

独立記念館に入ってまず感じたことは、演出がすごいこと。広い敷地に様々な展示物があり、大がかりな音響や設備とともに、来場者に訴えかけます。また、今回は入場料も無料で、歴史伝達への力の入れ具合がうかがえました。

課外学習等で独立記念館がよく訪問されるとうかがいましたが、展示、演出のインパクトは絶大です。あの展示を見ると、日本が嫌いになるのは当然だと思います。
出口にある感想ボードにも、一部なかなか過激なコメントもありました。(それが本心か、冗談かはわかりませんが)

私たち日本人が、日本の侵略の歴史そのものを知っておくことは勿論ですが、韓国の方々と歴史について話をするときに、韓国では、基礎教育の段階でこうした歴史学習があり、これをベースとした歴史認識を持っているということは、理解しておく必要があると思います。

韓国の歴史を知るというテーマにおいては、独立記念館を始め、博物館を中心にいくつかの施設を回りました。一方で、「現地の方々との交流」も今回のツアーのもう一つのテーマでした。

交流といえば、一緒に訪問した夏井さんの粋な試み「フリーハグ」。
日韓の友好を願って、ハグをする。とても分かりやすく、アツいイベントです。
私は参加しませんでしたが、惜しいことをしました。とてもステキな挑戦だったと思います。次回は是非是非やりたいです。

そして、弘益大学の学生との食事会。
個人的にはあまり深い話まではできませんでしたが、終了後、学生とボーリングに行ってみたり、夜の学生街を散策してみたり、楽しい時間を過ごしました。
韓国の人たちも、暖かく、楽しい人が多いです。
現地の方々と個人的なつながりを作れる。これもただの観光にはないツアーの醍醐味です。

最後に、個人的なことではありますが、ツアーまで、私生活の方でバタバタしてしまい、全体を通して、ゆっくり考える余裕が無かったことは、悔いが残ります。

ただ、第1回目の実施ということで、BFPならではの韓国ツアーのイメージを作るという意味では、非常に有意義な時間だったと思います。
「韓国を知る」ための韓国ツアー。次回はより内容の濃い催しになると思います。
| 韓国訪問レポート | 21:15 | - | - | pookmark |
「相手のことを知らない」「多様な視点の重要性」を再認識した韓国ツアー(神直子)
BFPとして初めて実施した韓国ツアーは、お隣の国である韓国を本当に知らなかった!と自覚するところから始まりました。

まずは日程。諸々の予定を加味し、9月末の渡航を決めた矢先、BFP支援者である李さんから「その時期は、旧盆にあたる秋夕(チュソク)だよ」と指摘を受けました。旧正月と並ぶ代表的な名節で、お店の多くはお休みになるとのこと。日程変更も考えましたが、普段味わえない韓国の一面を知ることになるかも…と淡い期待を抱き、主要な訪問先が開いていることを確認して9月29日から1泊2日(私のみ3泊4日)で行ってまいりました。近い国といわれ、韓流や韓国料理は随分と日本にも浸透してきましたが、まだまだ本当の意味での文化は通じていないことを初っ端から自覚させられる事となりました。

*チュソクだった為、KTX(新幹線)もほぼ満席でした!

今回、特に心に残ったことは冒頭に書いた通り「相手のことを知らない」ということと、「多様な視点の重要性」でした。BFPがまさに重要視していることを、改めて実感するそんな旅となりました。

まず、「相手のことを知らない」ということは、まさに私自身が朝鮮半島に対する知識が少ないという点には変わりない訳ですが、それを印象づけるほど、逆に韓国の方々が日本について詳しかったということがあります。勿論、これは全ての韓国人に当てはまるものではなく、今回たまたま交流させていただいた方々がそうであったという前提に立ってのことですが、高校から日本語を授業で選択できるということもあり、日本語が堪能な学生さんが多いことにまず驚きました。今回はご縁があって、弘益大学の学生さんと交流の機会を得たのですが、日本に来たことがないという学生さんでも、発音を含めて日本語が流暢。そして日本の映画や漫画などの情報をよく知っていました。韓国は反日だなどという声が多く聞かれますが、私たちが思っている以上に、彼らは(特に若い世代は、という事かもしれません)日本への関心を強く持っていることを感じました。それは、いわゆる日本の韓流ブーム以上のものだと思わせるほど、愛情をもって日本という国に近づいてきてくださっているのを感じました。

その点、歴史の話になると、昨年北京で同世代の方々と話した時と同様に「日本人に嫌な思いをさせてしまうかもしれないから、あまり話さないようにしている」と話してくれた女子大生がいました。その方は日本に留学経験もある方ですが、日本人と共に時間を過ごしてもなかなかそういう話は出来ないと感じたそうです。逆に、韓国で領土問題が連日のように報道されていた時期に、「日本人は乗せない」と話したタクシー運転手のおじさんに「そんな事したら、逆に韓国が嫌われてしまう。絶対、そういう態度はやめた方がよい」と諭したことがあると言っていました。

ひとくちに「韓国人」と言っても、当然のことながら色々な立場、考えの方がいるということを、私たちはメディアの情報に頼らずにしっかりと知っておく必要があると思います。日本に帰国して「韓国へ行ってきた」と話すと「あぶなくなかった?」と聞いてきてくださる方々が数名いらっしゃいました。あぶない目など一度もありませんでしたが、やはり領土問題が過熱する中、なんとなく怖い。という感情が出てきてしまうのだと感じました。この「なんとなく」という感情が、お互いの気持ちを遠ざけてしまう一つの要因だと思うので、相手の国に友人をたくさん作ることが大事だと思います。

次に、「多様な視点の重要性」ということについては、前述の内容と重なるかもしれませんが、とにかく一方的な見方をせず、多角的に見るということの重要性です。特に歴史というだけで、凝り固まった先入観のみで見てしまうことが多いのではないでしょうか。日本でもそうですし、それは韓国でも同じだと思います。

今回訪問した独立記念館では、当然のことながら日本の侵略について描かれていました。その規模は驚くほどで、ここに来たら日本人のことは嫌になってしまうだろうな…と言わざるを得ません。でもそれは、韓国側から見た歴史ですのでそれは尊重した上で、私たちが出来ることはその他の情報をもっと伝えていくことではないかと感じました。たとえば、展示は豊臣秀吉の朝鮮出兵から始まりますが、徳川家康が平和志向だったことなども日本からの視点として伝えていくことも重要ではないかと思ったりもしました。

また、1995年8月に元朝鮮総督府だった建物が解体され、その廃材が独立記念館内に公園として残っているというので足を運んだ時のこと。大変立派な建物だったと聞いていたこと、また独立記念館全体が素晴らしく整備されていた場所だったということもあり、私自身どのような展示になっているのかと期待して足を運んだ面がありました。しかし、その場所が近づくにつれ、何とも未整備でもの寂しい雰囲気が漂ってきました。

この足元の悪い階段をあがったところに、もの寂しげに残っていました。

一瞬驚きましたが、でもすぐに思い直しました。韓国の方々にとっては、憎むべき時代の、もっとも象徴的な建物。それを丁寧に展示されて残っていると思う方が間違っていると思い直しました。立場が異なれば、見えてくる風景が異なるのは当たり前のことです。このように、多様な視点で考えていくことの重要性を実感しました。

実際、今回BFPの活動に大変共感してくださった40代の韓国人女性は、「日本人の中にも朝鮮文化への敬意を表わし、当時の政府が行っていたことに批判的だった方がいるのを知ったときに、とても感動したの」と話してくださいました。この方も、それまでは日本人への一方的な見方をしていたそうです。

私が韓国のことを「知らない」と感じたように、もっともっと情報・意見・気持ちの交流が真の意味で広がっていくことを願ってやみません。そのことが、真に相手を理解し、新たな関係性を築くことの出来る一歩になるかもしれません。BFPとしても、そこを目指す為の第一歩のツアーとなりました。今後、毎年開催していきたいと思っています。

最後になりますが、ほぼ私の思いつきで実施したこのツアーに、惜しむことなく力を貸してくれた中村潤一くん。心からありがとう。そして、BFP初の取り組みである韓国でのフリーハグを実現してくれた夏井佑来さん。あっぱれでした。二人がいなければ、実現できなかったBFP初の韓国ツアーでした。

また、韓国でチケット手配に力を貸してくださった方、プログラムや訪問先についてご助言くださった皆さま、本当にありがとうございました。
| 韓国訪問レポート | 18:11 | - | - | pookmark |
BFP初の韓国ツアーから戻りました!
BFPとして、初めて実施した韓国ツアー。
1泊2日(9月29日、30日)という強行スケジュールではありましたが、西大門刑務所、日本大使館前慰安婦像、ソウル歴史博物館、独立記念館などの主要スポットをめぐり、また現地の同世代の方々と交流する機会を得ることが出来ました。後日映像でお届けする予定ですが、人の沢山集まる観光地ではフリーハグも決行!実り多き旅となりました。


今回、訪問の大きな目的地の一つでもあった独立記念館では、日本では教えられない歴史の一面を垣間見ることが出来ました。韓国の方々は、必ず一度は訪問する場所だそうです。授業の必修になっているという話も聞きましたが、私の韓国人の友人は家族で出かけたと行っていました。確かに、旧盆にあたる9月30日であるこの日も、家族連れの姿が多く見受けられました。


連休中、しかも急な訪問者である私たちでしたが、弘益大学の緒方先生のお陰で同校の学生さん達とお話をする機会を得ました。他にも私たちのために動いてくださった方々が多くあり、本当に今回のツアーは皆さまのお陰で無事に成功することが出来ましたこと、この場をお借りして心より御礼申し上げます。

それぞれが感じたことはたくさんあります。
今月末を目処にレポートをまとめますので、今しばらくお待ち頂けたら幸いです。
出発前にあたたかい声をかけてくださった皆さま、無事の帰国を祈っていてくださった皆さま、現地韓国でお世話くださった皆さま、本当にありがとうございました!
| 韓国訪問レポート | 21:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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